第3話 一人足りない
二度目の仕事が終わった後も、リゼはローデンたちと組んだ。
食料袋を運んだ。
動けるようになった負傷者を町まで送った。
車輪を失った荷車から、使える物だけを回収した。
仕事を終えるたび、報酬を一人分受け取った。
そのたびに次の条件を聞いた。
団へ入る話は出なかった。
リゼも尋ねなかった。
夜番の順は、いつの間にか説明されなくなった。交代時刻になれば次の者が起き、朝になればローデンが人数を数える。
分かれ道では、ミナが小さな石を二つ重ねた。先に進んだ者が、どちらを選んだか分かるようにするためだ。
ある仕事では、ミナの左靴の踵が剥がれた。セドの補修袋にあった半月形の革を当て、鋲で留めた。
それも、いくつか終えた仕事の一つだった。
◇
「最優先は五人だ」
ローデンは、街道沿いの作業場を背にして言った。
荷車、農具、防具を直していた場所らしい。屋根の下には壊れた車輪と鉄板が積まれ、冷えた炉の中には灰が残っている。
職人たちは、持ち出す工具と残す道具を分けていた。
運べる荷車は一台だけだ。
五人のうち一人が手綱を取り、残りは歩く。
「荷車を守れなくなったら」
リゼが聞いた。
「職人を歩かせる」
「分断されたら」
「古い石窯跡へ集合する」
ローデンは林の方向を指した。
「三方を石壁と斜面に囲まれている。荷車も隠せる。戻る者を増やして全員を失わない」
「待つ時間は」
「そこへ着いてから決める。敵が近ければ短くする」
大きな作業台も、炉も、積み上げられた資材も残す。
持っていくのは携帯できる工具、金具、革、食料、私物だけだった。
職人の一人が、炉の縁を布で拭いている。
持っていけない物まで手入れする理由は、リゼには分からなかった。
「数えるぞ」
ローデンが職人たちへ目を向ける。
一人、二人、三人、四人、五人。
次にミナ。セド。リゼ。
最後に自分。
「九人」
リゼも同じ顔を見ていた。
護衛対象の位置を確認しただけだ。
人数を数えたわけではない。
◇
街道を進む間、細かな指示は必要なかった。
リゼが前を見る。
セドは荷車が通った後と、引き返す場合の道幅を確かめる。
ミナは職人の歩調と荷を見て、ローデンが全体の速度を決める。
歩みの遅い職人が荷車から離れると、リゼは立つ位置を変えた。
「荷車の横へ入れ」
「まだ歩ける」
「歩けるうちに移れ。遅れてからでは止まることになる」
職人は反論せず、荷車の横へ入った。
休憩では、ミナが水を配る。
リゼは自分の分を受け取る前に、前方の道、荷車、職人、後方のセドを見た。
「今度は留め具より、靴底が先に駄目になりそうだな」
セドが言った。
リゼは自分の靴へ目を落とす。減ってはいるが、まだ保つ。
「補修袋を売りつけるつもりか」
「短剣を研ぐなら安くする」
「買わない」
「なら、剥がれてから言え」
「言わない」
ミナが水袋を持ったまま、小さく笑った。
「何がおかしい」
「何でもありません」
前にも同じことを言われた気がする。
リゼは水を飲み、先へ進んだ。
◇
後方に土煙が見えたのは、昼を過ぎた頃だった。
リゼは荷車を止め、街道の先を見た。
騎乗者がいる。
一人ではない。
距離があり、服も旗も見えない。こちらへ向かっているのか、同じ道を進んでいるだけかも分からなかった。
「林道へ入る」
ローデンが即座に決めた。
「確認しなくていいのか」
職人の一人が聞く。
「確認するために待つ契約ではない」
荷車の向きを変える。
林道は狭く、枝が荷台の布へ触れた。
リゼが先頭へ立つ。その後ろに職人二人。荷車と手綱を取る職人。さらに職人二人。
ローデンとセドが続き、ミナが最後尾へ回った。
蹄の音は木々に遮られ、一度遠くなる。
道は斜面へ入り、片側が高くなった。
土が湿っている。
「間を空けろ」
リゼが声を上げた。
職人たちが一人ずつ斜面を抜ける。
荷車の車輪が深い轍へ落ちた。
車体が大きく揺れ、馬が驚いて地面を踏む。
上から土が落ちた。
「進め!」
止める方が危険だった。
御者が手綱を引き、荷車を前へ出す。
斜面に半ば埋まっていた古い倒木が動いた。
根元の土を巻き込み、林道へ滑り落ちる。
職人の最後の一人が走った。
ミナがその背を押し、倒木の前へ出す。
直後、土と枝が道を塞いだ。
「ミナ!」
セドが振り返る。
倒木の向こうから返事があったが、言葉までは聞き取れない。
馬が再び前へ出た。
ここで荷車を止めれば、斜面の途中へ取り残される。
「石窯まで進む!」
ローデンの指示で、一行は林道を抜けた。
◇
古い石窯跡は、崩れかけた低い壁に囲まれていた。
荷車を壁の内側へ入れると、街道側からは姿が見えにくくなる。
職人たちは槌と鉤、長い火掻き棒を手元へ置いた。入口は一つしかない。
守りやすい。
リゼは周囲を見た。
荷車。
職人が一人、二人、三人、四人、五人。
ローデン。
セド。
最後尾にいた姿がない。
「一人足りない。ミナがいない」
ローデンが数え始めるより早く、言葉が出た。
「最後の俺を押してくれた」
職人の一人が答えた。
「それで、木の向こうに残った」
分かっている。
リゼは剣の位置を直した。
「戻る」
「待て」
ローデンが止める。
「待ってどうする」
「条件を決める」
セドが石壁の斜面側へ上がった。
木々の隙間から街道を確認する。
「二人、林道の入口を通り過ぎた。東へ向かってる」
「全員とは限らない」
リゼが言う。
「だから一人では戻さない」
セドが壁から下りた。
「私が行く」
「一人の方が早い」
「戻る者まで一人になれば、足りない数が増える」
「私は歩ける」
「ミナが歩けるかは分からない」
負傷していれば、担ぐ者が要る。
敵と接触すれば、一人が引きつけ、もう一人がミナを逃がせる。
二人で戻る方が合理的だった。
「石窯から倒木まで。それより先は斜面の上だけを探せ」
ローデンが言う。
「戻る時刻は、影が石壁の端へ届く前だ。見つからなくても戻れ」
「見つからなければ」
「次を決める。今決めた範囲を勝手に広げるな」
リゼは石壁へ落ちる影を見た。
長くはない。
職人たちは入口の内側へ立ち、工具を握っている。荷車も壁に隠れていた。
「分かった」
セドとともに、斜面の上へ向かった。
◇
倒木の近くへ戻ると、蹄の跡が二頭分あった。
林道を通り、東へ続いている。
人の靴跡も複数ある。崩れた土の上で重なり、誰のものか分かりにくい。
リゼはしゃがみ込んだ。
倒木の向こうへ続く跡の一つに、半月形の細い線がある。
左足だけだ。
「ミナの靴だ」
「分かるのか」
「あの革を打った時、お前も見てただろ」
「跡までは見てない」
「なら、今覚えろ」
足跡は林道を少し戻り、斜面の上へ向かっていた。
ミナは倒木を越えようとしていない。
騎乗者と同じ道を避けたのだろう。
リゼとセドも林道を離れた。
枝を折らないよう進む。
湿った土に半月形の跡が続いていた。
しばらくして、足跡が乾いた排水溝へ入った。
石の多い場所では跡が消える。
リゼは周囲を見た。
倒れた木の根元に、小さな石が二つ重なっている。
上の石の細い方が、排水溝の奥を向いていた。
「あっちだ」
セドもすぐに意味を理解した。
以前の仕事で、ミナが何度も残した目印だった。
リゼは木々の間から石窯の方角を見た。
石壁そのものは見えない。だが、斜面へ落ちる影は出発した時より長くなっている。
決められた時刻まで、半分も残っていなかった。
足を速める。
◇
「歩けるか」
排水溝の奥でミナを見つけた時、リゼは最初に聞いた。
ミナは倒木の根元へ身を寄せ、街道側を見ていた。
服の袖が裂け、前腕に擦り傷がある。血は止まりかけていた。
「歩けます」
立ち上がる足に大きな異常はない。
「なら行くぞ」
「来てくださったのですか」
「九人で出た」
ミナは何か言おうとしたが、セドが先に周囲へ目を向けた。
「礼は戻ってからにしろ。道は」
「この溝を進めば、古い石壁の裏へ出ると思います。途中までは以前通りました」
「騎乗者は」
「二人見ました。林道を行った後、一人だけ戻ってきています」
まだ近くにいる。
来た道は使えない。
ミナが排水溝の先へ入る。
リゼが前へ出ようとすると、首を横へ振った。
「分かれ道があります。先に行きます」
救われるのを待っていたわけではない。
自分で帰る道を探していた。
「足元だけ見て進むな」
「はい」
ミナを先頭にし、リゼがそのすぐ後ろへ入る。セドは最後尾で蹄の音を聞いた。
◇
排水溝は、古い石壁の手前で二つに分かれていた。
ミナは迷わず左を選ぶ。
「右は街道へ戻ります」
低い声が聞こえた。
三人とも動きを止める。
林道側に人がいる。
木々に遮られ、姿は見えない。
馬具の金属が触れ合う音がした。続いて、馬が低く鼻を鳴らす。
声は遠くない。
セドが足元の石を拾った。
リゼが見ると、反対側の斜面を示す。
石を投げる。
乾いた枝へ当たり、音が響いた。
「あっちだ」
林道側の声が遠ざかる。
「今だ」
ミナが石壁の裏へ入る。
リゼは三人分の足跡を枝で崩しながら続いた。
セドが最後に排水溝を抜ける。
戦う必要はなかった。
三人は石壁沿いに進み、石窯跡へ向かった。
◇
石壁の端へ影が届く前に、三人は戻った。
ローデンが最初に見たのは、ミナの傷だった。
「歩けるか」
「大丈夫です」
「追跡は」
「一人近くにいる。音で逆へ向けたが、長くは保たない」
セドが答える。
「すぐ出る。数えるぞ」
職人が一人、二人、三人、四人、五人。
ミナ。セド。リゼ。
最後にローデン自身。
「九人」
リゼも同じ順に見た。
「今度は足りるか」
セドが聞く。
「見れば――」
リゼは途中で言葉を止めた。
最初にローデンたちと組んだ日、同じことを言った。
あの時は数が合えばよかった。
今、目の前にはミナがいる。擦り傷を押さえながらも、自分の足で立っている。
「全員いる」
「なら行くぞ」
ローデンの指示で、職人たちが荷車を動かす。
ミナはまた最後尾へ回ろうとした。
「前へ入れ」
リゼが言った。
「ですが」
「腕から血が出てる。荷車の横を歩け」
ミナは自分の傷を見て、今度は反論しなかった。
リゼは最後尾へ立った。
◇
中継地へ着いた時、空は暗くなっていた。
職人五人と工具を引き渡し、荷車を壁際へ止める。
ミナは灯りの下で傷を洗っていた。
深い傷ではない。布を巻けば、腕も動かせる。
リゼは少し離れたところから確認した。
ミナが顔を上げる。
「ありがとうございました」
「次は、礼より先に傷を見せろ」
「はい」
素直に返事をされると、それ以上言うことがない。
リゼは装備の確認へ戻った。
◇
翌朝、ローデンが次の契約書を持ってきた。
いつもなら、荷と目的地から尋ねる。
リゼは紙を見る前に聞いた。
「誰が行く」
「私とセド、ミナ」
昨日までと同じ三人だった。
「そうか」
答えてから、契約書へ目を落とす。
「それで、何をどこまで運ぶ」
ローデンは質問の順番について何も言わなかった。
いつもどおり、目的地から説明を始めた。




