09 来ない理由
「……ねえ。フェイ。アレク様が来るの、あんまりにも遅いと思わない……?」
そんなこんなで逃げるように私はオペル王国へと帰ってから、三週間ほど過ぎた。
ちなみにアレク様が居たシャンパニエン王国は海路を使えば、この国まで一週間、馬車を乗り継いでの陸路でも、そろそろ到着しても良いはず……アレク様がお金を使わない貧乏旅行をするとは思えないけど。
「そろそろ自分のやったことについて、アレクセイに全て打ち明ける心の準備が出来たの?」
私の部屋にはいくつか鏡が用意されていて、鏡から顔を出したフェイとは話せるのだ。ちなみにフェイは鏡の世界で生きている精霊なので、とてもとても強い力を持っているけど、彼は鏡の中から出ることは出来ない。
「……うん。なんか、自分であの条件を決めましたって言うのは、流石に恥ずかしいけど……よくよく考えたら。あの時アレク様だって、割とその気だったはずだし! なんなら、交際相手の候補に入れてくれって、私に言ってきたのよ? だから、割と色々とあっさりと許してくれるかもだし! うん」
私が以前読んだとある恋愛指南本には、こう書かかれてあった。
もし、意中の人と仲良くなりたいのなら、互いに力を合わせられる共通の困難に立ち向かうべしと。これは実践した今、私も胸を張ってその通りだと言える。
だから、彼と仲良くなりたかった私は、自分なりに色々と考えた。
正攻法で彼に出会う道筋は、先方の希望により閉じられてしまった。というと、実際に会って彼に直接話すことも出来ない。
私が唯一出すことの出来る、強力なカード。力を借りられるのは、鏡の精霊フェイ。彼は鏡の中では、驚くほどに万能なのだ。
それならば、私が鏡に閉じ込められた風にして、彼に救出されれば良いのでは? と思い付いた。
フェイは二人が一緒に閉じ込められれば、色々と話は早いって言った。だけど、それは絶対に無理って言って、私だけが鏡の中に。
けど、彼への好意を隠せずに話すのも無理なら、絶対に企んだのが本人ってバレてしまう。悩みに悩んだ末に記憶喪失して鏡に閉じ込められているという、あの作戦へと最終的に辿り着いたのだ。
「けど、ジゼル。陛下にも会いに来いって言われてたんじゃなかったっけ?」
「伯父様が私に会いたがるのは、いつものことだもの。別に大した用事でもないわよ」
フェイの質問に、私は肩を竦めた。多分、庭園の花が綺麗とか、私のドレスに良さそうな良い生地が手に入ったとか、その辺だと思う。
現オペル国王ソブール伯父様は、弟の娘で姪の私をとても可愛がってくれる。なぜかと言うと、彼の子どもは正妃や側妃合わせて五人居るんだけど、全員が男なのだ。なので、娘が欲しかったらしくて姪の私は、その娘の代わり。
「アレクセイと結婚させれば、向こうは入婿で可愛い姪はずっと手元に置いておけるもんねえ……」
確かにアレク様と結婚したいと叔父様に言った時に、彼が第二王子だと伝えれば「それならば、良い」と、言った。そして、オペル王の名で縁談の書簡をシャンパニエン王国へと、送ったはずだった。ちなみに、二度も。
「何よ。その言い方。アレク様が第二王子だから、うちのダスティン公爵位へと彼を付けられるということでしょう。確かに彼が王族だと言うのに、縁談を持ちかける時爵位も何もなくは無理だと思うわ。私だって王家筋って言っても、王女ではないもの」
元王弟の娘で公爵令嬢とは言え、正真正銘の王家のお姫様とは全く扱いは違ってくるものだ。とは言っても、私には従兄弟が多くて、父の妹の既に臣下に降嫁している伯母様を見ていて、そう思うだけだけど。
「王はジゼルが何処か違う国へとお嫁に行くのなら、絶対にそれは許さないと思うよ……でも、アレクセイは自ら希望して、この国に来るのなら何の問題もないけどね……」
「ねえ。フェイ。アレク様、いまどこに居るのかを探してみてよ。いくらなんでも……そろそろ手紙の一通くらいは、くれてても良いと思わない?」
ふわふわと鏡の中で逆さまの姿勢になりつつ、よく分からないことを言い出したフェイの言葉を遮った。
「そうだね。ちょっと、探してみるよ~……結局あの置き手紙に、ジゼルはなんて書いたの?」
のんびりとして聞いたフェイの言葉に、慌てて鏡に閉じ込む前に書いた手紙を思い出した。慌てていて走り書きだったけど、なんとか必要なことは書けていたはずだ。
「……え? ちゃんと、国も私の名前も書いたわ。先にオペルに帰って待ってますって」
「それって、怪し過ぎない? 変なことになってなかったら良いけど」
そう言ってフェイは、宙で一回転してから姿を消した。フェイは鏡から覗けるので、アレク様が映る鏡があれば、すぐに見つけてくれるはず。姿の映るガラス窓でも大丈夫だから、今日中には見つかるだろう。
確かに寝室に居たはずの女の子が消えて、名前だけ書いた置き手紙って怪しいのかもしれない。
とは言っても、私はアレク様と仲良くなるために、あんな恥ずかしい作戦を立てたことを知られたくなかった。
鏡越しだし、キスも大丈夫だよね……? とフェイと相談したあの日。絶対に、私はどうかしていたと思うの。
◇◆◇
「……え? どう言うこと?」
きっとすぐにアレク様は見つかるだろうと楽観視していた私は、フェイの報告を聞いて、よく分からないと言わんばかりに眉を顰めた。
普通に暮らしていて鏡にも窓にも映らずに、生活するなんて無理だと思う。だとすると……そう思うと、嫌な予感しかしない。
「言葉の通りだよ。アレクセイの姿が、世界のどこにもない……もしかしたら、捕らえられているのかもしれない」
飄々とした態度で、フェイは言った。就寝前だった私は慌てて飛び起きて、彼の姿の映る鏡に駆け寄った。
「待ってよ! 鏡も窓もない……そんなところに、捕らえられているとしたら? え。私……もしかして、とんでもない時に彼を一人にしたの? そんな……」
あの直前、アレク様は王太子暗殺未遂の冤罪をかけられるところだった。そして、護衛騎士が偶然、彼の潔白が証言できるような状態にして居なければ、そのままびしょ濡れの濡れ衣を着せられてしまうところだった。
「うん。そう言うと思って、ジャンパ二エンの国民の声に耳を傾けて来た。だが、第二王子アレクセイはどこかに出奔したようだと言う噂のみ。城でも、彼は勇者の魔王退治にも同行したようだし、窮屈な王族暮らしから抜け出して気ままな旅に出たんではないかと、言われているようだね」
「え。何々。アレク様が、勇者に同行したって何なの! 二年前の世界救済の旅には、勇者と聖女の他は、同行者が明かされてなかったけど……もしかして……」
この世界で古より何度か繰り返された、勇者と聖女の世界救済の旅。それにアレク様も同行してたってことなの? けど、そんな話聞いたことない。
「うん。シャンパニエン国民っていうか、これは城に仕えていた人の噂話だから。流石に彼らまで旅に出たことを知られずに済むというのは、難しいだろう。勇者、聖女、魔法使い。それに、剣聖。魔塔に属する魔法使いではないアレクセイは、シャンパニエン王家に代々伝わるという、聖剣に選ばれた剣聖なんだろう」
「え……嘘。すごい。でも、それで王太子にあれほどまで憎まれて居た理由が、私にはわかった気がする。容姿も良いし優秀過ぎる上に、世界救済の旅に参加した剣聖なのね。王になる王太子には、煙たく思えて当然だわ……」
正直、私もその事実を知っている国民なら、どうしても思ってしまうはずだ。「第二王子アレクセイ様が、国王なら良いのに」と。
「……だろうね。ジゼル、どうする? 彼がもし捕らえられていて救出するなら、その場所がどこかを探らないといけない」
「当たり前だけど普通の国民も、城で働く多くの人たちも知らない場所に、アレク様は捕らえられてる可能性が高いってことよね……あ!」
腕を組んで考え込んでいた様子の私が、いきなり大声を上げたので、フェイはなんとも言えない笑顔で耳に手を当てていた。
「何……近くに僕が居ること忘れてない?」
「確か……アレク様から、自分の護衛を長く勤めているという、魔法騎士のロディという人の話を聞いたわ。その人に話を聞けば、何かわかるかも。冤罪を証明してくれたのも彼だし、国王に伝えようと進言したのも彼よ」
ロディはとても真面目な性格だとアレク様も言っていたし、弟に敵対心を持つ王太子に何をされてもお金を積まれても、丸め込まれることはないはずだ。
私がアレク様の情報を聞いて、唯一今の段階で信用出来るのは、彼しか居ない。
「え。その騎士、名前しかわからないの……? それ、城の人間の伝聞で辿るしかないから、どれだけ大変かわかってる……? うん。まあ、結局はやらされることになるから、最初からやるけどさ……」




