10 真面目な魔法騎士
「……っていうか、ロディって……全然一人にならないのね。どうにかして話しかけようにも、これでは難しいわ」
「彼は王族の護衛騎士として働いているから、仕方ないんじゃない? ……とは言え、護衛対象の姿を見逃してしまいましたでは、普通は済まないと思うから。こうして行方不明のアレクセイを探すために、作戦を練っているんじゃないかな……」
鏡の精霊フェイは長い付き合いのある私以外のことには、特に興味を持たない。けど、これは仕方ない。アレク様は私から見ると、とても大切な存在だけど……精霊で本当なら人間と関わらないフェイから見れば、私が彼を大事にしているから、救出するのなら加わっておくかといった距離感だから。
そんなこんなで、フェイに城で働く人の伝聞を頼りに突き止めて貰った黒髪の騎士ロディは、深刻そうな表情で何人かで話し合う作戦会議に参加していた。
私というとある壁に掛けられた小さな鏡の中から、噂の護衛騎士ロディが居る部屋を覗き込んでいた。
何故この鏡がこんなに小さいのかと言うと、多分何かの土産物に装飾として小さな鏡が付いているだけで、姿を写すための鏡としての用途は為されていない。
「……うーん。会議はなかなか終わりそうもないわね。護衛対象のアレク様が姿を消しているんだから、長引くのも無理もないけど……けど、自分たちは探さないのかしら?」
こんな狭い部屋に籠もりっきりでは、アレク様はいつまでも見つからないと思うけど実地で探した方が良さそう。
「人一人を捜すのに、やみくもに周囲を捜し回っても、徒労に終わってしまっては意味はないんじゃない。一本の木を広い森の中で探すとするなら、ジゼルだって範囲くらいは狭めたいものじゃない……それに、彼らの声を聞いていれば、型通りの聞き込みや情報収集は、既にやり終えた後だ。アレクセイは、護衛の彼らに見られることなく、まるで煙のように彼の寝室から姿を消してしまっている」
あの時のアレク様は、私と離れる時「待っていてくれ。すぐに戻るよ」って言った。だから、私があの時に彼を大人しく待っていたら……攫われたかもしれない彼のことを助けられたかもしれないのにと、心の中に後悔が渦巻く。
「ロディに呼ばれたからって、そう言ってから出て行った……あの後にアレク様の身に、何があったのかしら……?」
おそらく、王太子が何か仕掛けたとしたら、あの暗殺未遂が自作自演であることを知っているロディが、それなりに対処をしていたはず。とにかく、彼に話を聞くことは急務だった。
「……そうだよね。もうこうなったら、仕方ないけど時間がない……最後の手段だ」
嫌そうな顔をしたフェイがそう言って肩をすくめたので、私は彼が何を言いたいのかわからずに首を傾げた。
◇◆◇
「……っ……何者だ!」
鏡を見たロディが後退りながら剣を抜き構えたので、私とフェイは慌てて両手を上げて彼に敵意がないことを示した。
「あのっ……私! アレクセイ様を、捜しているんです。オペルで落ち合うはずだったのに、彼の姿が何処にも見えなくて……貴方の名前は、彼から聞いていました。彼の行方について、何かご存じないかと思って……」
私は現状を切々と訴えた。
もし、ここがトイレの中でなければ、もう少し悲劇的になったかもしれない。フェイが「もう、ここしかない」と言った意味がわかった。大抵のトイレには鏡が用意されてて、人が一日に何度かお世話になるもの。
「……アレクセイ様の……? しかし、何故鏡の中に?」
大きく目を見開いたままのロディは、信じられないと言わんばかりに声を震わせていた。
「僕は、鏡の精霊フェイ。彼女は、僕が加護を与えているオペル王国の公爵令嬢ジゼル。見ての通り、僕は鏡を渡る力を持っている。一月ほど前に、鏡の中から君の主人である第二王子アレクセイと、何度か話していた。何か君にも心当たりがあるんじゃないか」
幼い男の子の声なのに、淡々と大人のように順序立てて説明されたロディは確かにと大きく頷いた。
「……一月ほど前から、アレクセイ様が夜に寝室で話している声を聞いていました。もしかしたら、魔物の類かと思って心配していましたが……そういうことでしたか」
「納得して貰えて嬉しい。それでは、君と話をしたいのでとにかく場所を変えようか……ここでは、人の出入りが多すぎる」
私たちが話をしているトイレは、城の中にあり公共の場だった。今はロディ一人だけど、用を足すために今にも誰が入ってくるとも限らない。
「……わかりました。それでは、私の部屋へ。備え付けの浴室に、小さいですが鏡もあります」
ロディはアレク様から優秀と聞いていた話は本当だったらしく、素早く状況を判断し移動することに同意してくれた。
場所を移動した私たちは、とりあえず私がアレクセイ様と別れた時に話したことの詳細を、ロディへと伝えた。彼は話の間ずっと黙ったまま何度は頷くだけで、私の話をすべて聞いてから、大きくため息をついた。
「……理解しました。確かにアレクセイ様より、旅装を女性の分を確保せよと言われた時には……旧知の女性のものかと思っておりましたが、こちらのジゼル様のものだったのですね」
「……え。待って。旧知の女性って誰なの?」
私はその時、正直に言えば焦ってしまった。
アレク様は女性の扱いに慣れていそうではあったけど、彼の言葉をそのまま信じるのであれば、兄の王太子から勘気を被むるのが嫌で、シャンパニエン王国の貴族令嬢たちは彼には近付いて来ないと言っていたから。
「共に救世の旅へと出た、魔女のシャナ様です。ですが、シャナ様は旅を終えてから魔塔へと戻られてから、アレクセイ様とは会っていないはずですが……」
真面目な性格のロディはあくまで事務的に、私の疑問について答えた。
私個人の事情は特にこの件については関係ないと思いつつも、心の中は複雑だった。
救世の旅で彼は剣聖の役目を果たしたって聞いたし……何か月かの間、四人で旅を続けていたはずだ。そうしたら、その魔女さんともそれなりに仲良くなっていてもおかしくはない。
「今回の魔法使いは、女性だったのね! そうよね。勇者様と聖女様は通例通りに、結婚されるでしょうけど……残った二人は……」
勇者と聖女は性別が固定されてはいるけど、魔法使いと剣聖は別に男女どちらでも良いはずだ。現に有名な女性の剣聖だって、過去には存在している。
「ええ。アレクセイ様と魔女シャナ様の仲も、旅を終えた後も良好でございました……もしかしたら、彼女であればこの事態をどうにかしてくれるのではないかと、魔塔へ手紙を出しているのですが、未だ返事は来ずで」
ロディはアレク様を探し出すために、懸命に手段を探っているようだった。
「そうなのね……けど、アレクセイ様は、どこに行ってしまったのかしら? さっきも言った通り、フェイがこれだけ探しても見つからないというのなら……光の差さない鏡も存在しない何処かへと、捕らえられている可能性が高いと思うの」
鏡の精霊がどんなに探しても居ないということはそういうことだ。私がそう言えば、ロディは何故かつらそうな表情になった。
「ええ……実は、私にもしかしたら……という、心当たりがあるんです。アレクセイ様には冤罪だった暗殺未遂が、王太子の自作自演であったことを知り……非力ながら、守護魔法を掛けていました」
そう言えば、彼はそこまで強い魔法は使えないけど、魔法騎士で……だから、アレク様を冤罪から守ることが出来たんだった!
「そうなのっ? でも何故、その場所に行かないの?」
「……微かに私の守護魔法の痕跡の残る北の塔は、世継ぎの王太子の管轄です。その下にある地下牢ともなれば、重罪人を収監されることで有名で……少々反応があるからと、私の身分で軽々しく踏み込める場所ではありません」
「……なるほど。アレクセイの傍に鏡がない理由も、これで納得が出来た。牢に姿を移す鏡など必要ないし……薄暗ければ、姿も映らない。魔塔に属する魔女であれば、アレクセイの痕跡を辿ることも簡単なんだね……?」
フェイもようやくアレク様の姿を自分が見る事が出来なかった理由を、理解出来たようだった。
嘘でしょ。地下牢に閉じ込められているなんて……早く助けてあげたい。
「どうにかならないの!? 私。お父様と伯父様に、頼んでみるわ。もしかしたら、別の魔法使いを呼んで、地下牢にアレク様が居ると証明してくれれば……ロディだって、踏み込む理由になるでしょ?」
二人は興奮してそう言った私を宥めるようにして、落ち着くようにと身振りで示した。
「ジゼル。とにかく、落ち着きなよ。他国の権力者が、こういう継承権争いに口を突っ込んで上手く行った話を聞いたことがないし……それに、魔塔の魔法使いはお金が第一な人間が多い。先に王太子オーギュストに買収されていたなら、目も当てられないから」
フェイが慎重にそう言うと、ロディも同意するようにして頷いた。
「ええ。アレクセイ様と親交のあるシャナ様以外の他の魔法使いは……信用なりません。それに、踏み込んだとして地下牢に彼が居なければ、王太子側にアレクセイ様を攻撃する良い口実を与えることになります」
「……そんな」
私だって、二人が困り顔で説明していることは理解出来る。理解出来るけど、納得はしたくない。
だって、このままだとアレク様を救出する手立ても何もなく、ただ魔女シャナが助けてくれるのを待つだけになってしまう……。




