08 とんでもない真実
「随分とご挨拶だね。ジゼル。何もかも、君が願っていた通りになったのに」
私の目の前には、丸い鏡。さっきまで私が閉じ込められていた鏡。
というか……うん。そんな風にしたいって言ったのは、私なんだけど。それは、少し置いておいて。
「思い通りに、行き過ぎて驚いてる……フェイ。どうしよう! これって……全部が、全部。私の自作自演でしたって、彼に言うべきだと思う?」
鏡の中に居る青髪青い目の小さな男の子は、私の切実な言葉を聞いてニヤニヤしてて楽しそう。なんとなく、久しぶりな感覚はするけど、彼はずーっと私と一緒に鏡の中に居たはずだ。
だって、顔合わせすらも許されず縁談を断られてしまったアレク様と、どうにかして仲良くなりたいっていう私の願いを叶えてくれたのは、少年の姿をした鏡の精霊フェイ。
フェイは私の家に遠い昔から伝わる、鏡に住む精霊。彼の本体は誰かがゴミだと間違えて捨てられてもおかしくないくらいに、小汚い鏡だった。それを見つけた幼い私が気まぐれでピカピカになるまで磨いて……こうして、仲良くなれたという訳。
私は大陸南方にあるオペル王国の、ダスティン公爵家の娘。
王を叔父に持ち、裕福な家には十分すぎるほどの権力があり、私は政略結婚などをする必要もない。名前はジゼル・ダスティン。つまり、ダスティン公爵令嬢です。何が言いたいかというと、アレク様と結婚するのに何の不足もないと思っていた……自分では。
「全部言わなくても、別に良いんじゃない? 言わなくて済むなら、それで良いじゃない」
精霊のフェイは人同士にある感情の動きなどさもどうでも良いことのようにして、肩を竦めた。彼は、別に悪くない。
衝撃覚めやらない私がどうしてもしたいと思っていることは、アレク様と出会って仲良くなるまでの計画を思いついた私に、今すぐ正気に戻れって水を頭から掛けたいだけ。
「けど、そんな変な女……普通に考えて嫌じゃない? 自分と仲良くなるために、鏡の中から出るためという設定まで作って……それを、ずっと彼といる間黙ったままで居るんでしょ? 嫌じゃない……?」
フェイはうーんと悩んだ様子を見せて、にっこりと笑った。
「バレたらね。バレないようにしたら。それで、良いじゃん」
明るくにっこり笑った彼の言っていることは、ごもっとも。けど、それってとっても、難しいと思うの!
「私に、そんな! 器用なこと! 絶対、無理! 無理だから、無理なの。逃げましょう」
「じゃあ、そもそも。なんでこんなことしたのさ。結果的にこうなってしまうことは、計画を立てた時点のジゼルにだって、ある程度は予見が出来ていたことだろ」
それはそうかもしれない。けど、どうか、わかって欲しい。
けんもほろろに二度も縁談が断られて、アレク様以外の人とは絶対に結婚したくない私は、相当切羽詰まっていたのだ。こうして、誰かが聞けばなんでそんなことをと思ってしまう、よくわからない計画を立ててしまうくらいには。
「だって……こうでもしなきゃ、何の縁もない他国の貴族があのアレクセイ様に会うことが出来なかったからでしょ。鏡から姿を現した女が、いきなり自己紹介を始めたら? 絶対に、もう二度と会ってくれなくなると思うの」
「だから、ジゼルの睨んだ通りに、記憶喪失だったから大丈夫だったよね。向こうだって、同情して警戒心を解いて助けてくれる気になったんじゃない。全て計画通りに進んだのに、何を悔やむことがあるの」
「だって……私との縁談が断られたそもそもの原因が、兄の王太子との確執だったなんて。本当に……とても、その情報は上手く隠していたのね。叔父様だって、それは全然ご存じなかったもの」
すべての始まりの経緯を一から詳しく説明すると、私は鏡の精霊フェイと仲良くなってからというもの。世界中の鏡の中から、さまざまな風景を覗いては二人で楽しんでいた。
私が住んでいた国オペルは太陽に愛された暑い南国で、色鮮やかな家が立ち並ぶ。国民は陽気で細かいことは気にしない。そんなオペルに生まれて、本当に良かったと思っている。けど、世界中にはいろんな文化があることを実地で知るのは、とても楽しかった。
ある日、とある鏡の中にシャパニエン王国第二王子だったアレクセイ様の姿を見かけた時、私は文字通り彼の姿に一瞬で目を奪われた。
そして、私を猫可愛がりする叔父様こと……オペル国王へとどうかお願いと、おねだりをしたのだ。あの彼と絶対に、結婚したいって。
「縁談を断られた原因ねえ……あれだと、ジゼルの絵姿さえ見てなかったようだし、良かったじゃない。姿を見られて好みじゃないからって、断られたんじゃなくて」
それは、私も心配していたことだったので、そうではなくて良かったって思う。
「たっ……確かにっ! それは、良かったと思うけど……ねえ。フェイ。フェイはどう思う?」
「ん? ……何が?」
フェイは私の言わんとしていることが理解できないようで、首を傾げきょとんとしていた。きっと、フェイは精霊になるまでも自分でも覚えていないくらいの年月を、鏡として過ごしてきたんだけど、こうして精霊としての自我が芽生えてまだ間もない様子なんだよね……。精神年齢は、子どもに近いと思う。
だから、というか人の心の機微とか、そういったものをあまり理解していない。
「アレク様のお兄様のことよ。あんなにも血の繋がった弟を憎むなんて、おかしいと思わない? それに、私の国オペルはこう言ってはなんだけど大国よ。私と弟王子が結婚すれば、これから始まる彼の治世にあって、大国と縁付けば良いことしかないはずでしょう。そんな簡単な計算もできないくらいに……憎んでいるなんて異常だわ」
とにかく、私は暇があったら、覗き見……ううん。言い方を間違えた。そういう訳ではないわ。恋する乙女として人として、見てはいけない場面は見ていないわよ。
一目惚れしたアレク様の様子をフェイに頼んで私は度々鏡を通して見ていたんだけど、彼は辛い様子など人前ではかけらも見せていなくて、常に立派な王子様だった。
記憶を取り戻した今では、わかっていることだけど……シャンパニエン王国の王太子はオーギュスト・クラシャン。アレクセイ様とは、父母を同じくした血の繋がった兄弟……のはず。他国の私が調べられる程度の、公式の情報では。
というか、アレク様が見る前に、私の絵姿を捨てた人だ。
気合を入れた格好をして、人気の絵師だって前々から予約を入れて苦労して頼み込んだのに。縁談も本人に伝わる前に潰されたなんて……どんな理由があるにせよ、私個人としては許したくはない。
「……どうかなあ。アレクセイの兄の王太子にだって、言い分はあるかもしれないじゃないか。一方からの意見のみを聞いて、人を判断するのは良くないと思う。ジゼルだって、好きな人も居れば嫌いな人も居るだろう?」
フェイは私を幼い子どものように扱いたがる。それはわかっているものの、自作自演の暗殺未遂を、弟に冤罪で被せる人だよ?
「それは、そうだけど……けど、もしアレクセイ様と結婚するのなら、彼を一番に考えてあげたいもの」
フェイの言っていることは、確かに正論だと思う。どの方向から見ても公明公正な判断を下すなら、そうするべきだとも。けど、私の心の中にある彼への恋愛感情が、どうしても邪魔をする。
「アレクセイは、何もかもを持っているんだろうから。いずれ王になる王太子だって、人の子なんだし。僕は情状酌量の余地は、あるとは思う」
王太子オーギュストと弟アレクセイ様の関係を聞いて、彼らに特別な思いを持っていない人ならばそう思うのかしら。
そして、はたと今の状況に気がついた。このままだとアレク様、すぐにこの部屋に戻って来ない? そうよね。少し臣下に呼ばれたから、行ってくるねって様子だったし。
「ちょっと待って。フェイ。私、このままだと、アレクセイ様とオペルに一緒に行くことになるよね……?」
「……まあ、そうなるだろうね。どうしたの?」
「むっ……無理! 記憶戻っちゃったし、アレク様の前では不審者になると思うの!」
「……もう一回、ジゼルの記憶消す? 問題を先延ばしにするだけだし、僕は賛成しないけど」
仕方なさそうな様子でそう言ったフェイの提案を受け入れようとして、考えた。確かに、問題を先延ばしにするだけ。二人で旅してオペルに到着して、そこで記憶を取り戻して、同じことにならない?
「ううん。けど、このままだと、無理! とりあえず、国に帰って時間を置きましょう」
考えることを放棄した私は呆れ顔のフェイに、清々しく宣言した。
鏡を出るために用意された七つの条件は、私自身がアレク様と仲良くなるために知恵を絞ったものだ。あれをやりたいって思ったのが、私自身って彼にバレたらと思うと……もうすぐここから走り出したい。
「あのさ。ジゼルは、小さなことを、気にし過ぎなんだよ。夫婦だって、互いのことを全部知らないよ……」
「けど……私が居なくなったら、心配するよね?」
「置き手紙でも置いといたら? オペルで会いましょうとか」
この場から早く去りたいという私の意見に同意してくれたフェイは、サイドテーブルにあった筆記用具を指差してからそう言った。
「良い考えだわ。それ、採用」
ちなみに、条件の書いてあったあの流麗な飾り文字は、それっぽく見せるために代筆屋を雇いました。文字が美しいって、本当に素晴らしい。
「……出来た! フェイ。とりあえず、家に帰ろう! お父様たちは何って言ってるの?」
「どうせ、僕と世界旅行でも楽しんでいるんだろうって……ジゼル、早く行こう。足音が聞こえてきた」
口早にそう言ってフェイが差し出した手を握って、私は慌ててようやく出られたはずの鏡の中に飛び込んだ。




