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鏡の中の令嬢は溺愛希望王子と、すれ違って魅せられる。  作者: 待鳥園子


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05 お互いの願い事を叶える

「……え?」


 すぐ目の前にあるアレク様の顔を見てから、私は思わず言葉を失ってしまった。え……これって、どう言うことなの。


 一目見てわかってしまう程度にやつれた様子で、疲弊し切ってる? 気のせいかもしれないけど、彼は痩せた風にも見える。


 ここ数日間のように、今はさっき彼を見た次の日ではないの?


 鏡の中に居る私には場面場面が切り替わっているだけで、一瞬の出来事だけど、彼には彼の日常がある……それは確かに理解はしてはいるけど、どうしてこんなにも疲れているの……?


「やあ。エインセル。こんばんは……僕の方は、君に会えたのが二週間振りだ。待ちかねたよ」


 眩しそうに目を細め、はにかむように笑ってくれたアレク様は、私と会えて嬉しいのだろうと周囲の空気からも感じ取れた。


 そんな彼を見て好意を持っている私は嬉しいけど、心の中はとても複雑だった。


「あの……何があったんですか?」


 私はまず、それが一番に知りたかった。なんで……彼が、こんなにも疲れた様子を、見せているのか。


「はは……実は僕に兄、王太子の暗殺未遂容疑が、掛けられてね。こことは別の部屋に、何日か軟禁されていた。けど、もう大丈夫。部下への聞き取りや、詳しい調査の結果。僕への疑いは、完全に晴れた後だから……何もやってないから、当たり前だけどね。冤罪とならなくて、本当に良かったよ。王位継承権を持つ者への暗殺は大罪だ。そうしたら、僕は今ここには居ないし、エインセルは永遠に鏡の中に閉じ込められてしまう」


「えっ……?! ちょ、ちょっと……待ってください!! どっ……どう言うことですか!!」


 まるで今日の天気の話をするかのようにして、なんでもないことのように彼が語った出来事は、そうなんだねとさらりと流せるような内容でもなかった。


 彼の兄である王太子から、憎まれているという骨肉の争いを感じさせる事情。そこから想像するに、彼を取り巻く事態はとても良くない。


 もしかして、アレク様は冤罪の罠を誰かに仕掛けられた……? やってもいない暗殺未遂の容疑者になるなんて、こんなにも酷い状況はない。


 私が心配してじっくりと観察しても、疲れているようには見えているもののアレク様は自然体だ。怒りとか悲しみとか……そういった、強い感情は彼の目から何も見えない。


 ただただ、空虚だった。何もかもを諦めているのか。それとももう……父や兄含めた周囲に対し何も望まないことが、癖になってしまっているのか。


「うん……良いんだ。もう僕も、この国を出る覚悟が出来た。今日を終えてあと二つの条件を乗り越えれば、エインセルは鏡の中から、自由になれるだろう? だから、そうしたら……君の国を探しに行こう。兄の前から、僕さえ居なくなれば……あの人も気持ちが落ち着くかもしれない」


 淡々とした口調のアレク様は、部外者である私が想像も出来ないくらいに繰り返されたお兄さんからのひどい仕打ちに、本当に嫌になってしまっているんだと知れた。


 暗殺という大罪を疑われ、どんな根拠なのかはわからないけど、軟禁されて……傷付き過ぎた心が、自己防衛のために何も感じないように敢えてそう感じないようにしているのかもしれない。


 なんてことなの……。


「そんなっ……酷いです! なんで、そんなにまで憎むんですか……でも、アレク様はやり返したりは、何もしてないんでしょう?」


 私はアレク様のお兄様を見たこともないし知らないけど、こんなに何もかもを兼ね備えた弟を……なぜ憎んでしまうんだろう?


「うん。故意にやり返したりは、していない……だが、僕も全て兄が望むようには、生きられない。僕自身の選択の何もかもを、彼が気に入るようにという基準では、物事を決められない……決めたくはない。出来るだけの譲歩は、こちらはしたつもりだ……でも、今思えば、それこそが最初から間違えていたのかもしれない」


「アレク様……?」


 確かに彼は疲労しているということ以外は、私から見れば変わらない様子に思えた。


 だけど、敢えてそう見せていただけで、だいぶ心が疲弊して参っているのかもしれない。これまで私が見てきた彼では、決してなさそうだった。


 まっすぐな眼差しだったアレク様の青い目は揺れていて物憂げで、辛そう。


「……幼い頃、年子だった兄と僕の二人は同じように教育された。高い継承権を持つ二人で、僕は兄の予備であるという自覚は元より持っていた。王位を簒奪したいなどど、誓って今までに一度も思ったりしたことはない。母を早くに亡くし、父は多忙。僕には、家族と呼べる人は兄しか居なかったんだ。だから、どうしても彼と同じように憎み返すことは出来なかった」


「そんな……」


 彼らの現在の関係を知っている私は、思わず言葉を失った。信頼している肉親に憎まれて、それでも彼は兄を愛しているんだ。


 アレク様もそのことに気がついたのだろう。苦笑すると、長い睫がけぶる目を伏せた。


「もう、今では遠い過去だというのに……僕は今でもはっきりと覚えている出来事があるんだ。ある教科の試験をされ、僕は満点だったと教師に褒められた。その時に何気なく見えてしまった兄の一瞬の表情が、どうしても忘れられない。彼もあの時に子どもだったというのに。僕を射殺さんばかりの、強い視線で睨みつけていた」


「えっ……けど、それって別に、アレク様は何も悪くないですよね? だって、勉強をして満点を取って教師に褒められれば、嬉しいと思いますし。誰だって、喜ぶんではないでしょうか……」


 本当に申し訳ないけど、弟の出来が良いだけで、憎むまでいってしまうアレク様の兄王太子。心の器が、小さ過ぎる。


 どう考えても、弟の出来が良いという嫉妬は、自分の中で処理すべき問題だと思う。人々の上に立つ王族だというのなら、尚更。利他の心を持つ為政者になるべきなのに、健気な弟の幸せを踏みにじるの?


「うん。まあ……二人の立場が理解が出来ていなかった僕も悪かった。それ以来、兄の前では、ある程度手を抜くようにした。だが、それすらおそらく彼の自尊心を傷つけてしまった。もしそうしなかった場合の話は、するだけ無駄だとわかってはいるが……どうしても、考えてしまうんだ。あの時。あれから僕がもっと、兄の前で上手くやれたらと……」


 悔いるような切ない表情に、眉間に寄った皺。これまでにどれだけ彼が思い悩んで来たかという苦悩を思わせて、胸が詰まってしまった。


 むしろ、王太子は弟アレク様にどうして欲しいんだろう? もし、他国から縁談があるのなら、断らずにお互いのために離れれば良いと思うのに。


 自分は、この国の王になろうというのに。手に出来ぬ権力を弟が手にすることすら気に入らないなんて、付ける薬が見当たらないくらいに横暴だし重症だと思う。


「アレク様……私はアレク様が悪くないって、そう思います。どうすれば、お兄様に納得して貰えるんでしょうか……」


 私がそう言って訴えても、アレク様は首を横に振った。諦めの表情。それに、どうしようもないくらいの疲労感をにじませた。


 それを見て、涙が出そうになった。理知的な頭脳を持つ彼が、こんな顔をする理由を私は悟ってしまった。


 きっと……彼はもう自分がこうすれば良いのではないかと、考えたことを、全てやり終えてしまった後なんだ……。


「こんな暗い話はもう止めよう。今日の条件は何かな? それを終えれば、条件は後二つになる。あと二日経てば、君は自由だ。もし、その時に記憶が戻らなければ君の国を探すために二人で旅をしよう。この前に行った通り僕は王子の身分は持っているんだが、旅なら慣れてるんだ。数ヶ月間だけだが、大陸を旅した。あの時は、本当に楽しかった」


 無理に浮かべた笑顔を見て、さっきの話題を変えられたのは、私にもわかった。けど、アレク様が話したくないと思っていることに対して、これ以上踏み込むことは私も躊躇われた。


 浅い関係しか持っていないことに、歯がゆいばかり。


 彼の指示に従い、いつものように鏡の枠の内側に刺さっていた四つ折りの便箋を手に取った。


 便箋には変わらない流麗な飾り文字で、次の条件が書かれていた。


「えっと……『お互いの願いを叶える』……です」


 今日中に済ませてしまうのであれば、他愛もない小さな願い事にするべきだとは思う。けど、こんなに疲れている人に、何をお願いして良いものか……。


 思わず彼に向けた私の心配の眼差しに、アレク様は苦笑いを見せた。


「どうか。そんな不安そうな顔をしないでくれ。僕も正直なところ、この状態でどんな願い事を叶えられるかわからないが……出来るだけ、君の希望を叶えるようにしよう」


「私。私は、アレク様に約束して欲しいと思います」


 私が口に出した願い事が意外だったのか、彼は不思議そうな表情で聞いた。


「約束……? どんな約束だ?」


「これからは……お兄様のことはもう気にせずに、自分の幸せを一番に考えるって約束してください。多分、アレク様は、自分ではわからないと思うんですけど……私が話を聞く限り、王太子のなさりようは、どう考えても異常な行為だと思っています」


 きっとアレク様は、兄との確執についてずっと自分が悪いと責め続けていたのかもしれない。けど、そうではないと思う。優秀であることを咎められ、それを隠しても馬鹿にしたと責められるなんて……じゃあ、どうすれば良いか教えて惜しい。


「わかった。エインセルの言うとおりに、約束しよう……それでは、僕はエインエルの笑顔を見せて欲しいと願う。今日はこれまで、全く笑顔を見られなかった」


「……アレク様」


 私は彼の言葉を聞いて泣きそうな笑みに、なってしまったと思う。こんなに辛い思いをする場所に彼を置いて行くなんて……そう思ったから。

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