13 真犯人
黒いローブを纏った女性は、何もなかったはずの宙に現れた。禍々しい黒を敢えて纏っているかのような、長い長い黒髪。
「……シャナ?」
彼女の姿を見てアレク様は、思ってもいなかったのか呆然として呟いた。
それは、剣聖の彼と救世の旅に同行したという魔法使い……魔女の名前。ロディから聞いた話では、良好な仲だったはずなのに。
「……アレクセイ。お久しぶり」
魔女……シャナさんは、彼の傍に居た私のことなんて、目に入っていないかのようにして上品に微笑んで優雅に話し出した……ううん。それは、間違ってないんだ。彼女は、アレク様のことしか見えてない。
「……闇堕ちした英雄なんて、見て楽しいものでもないね。ジゼル」
刃に映るフェイはそう口にしたと同時に、私の了承なしに自分の居た鏡の世界へと引き込んだ。
「ちょっと! フェイ、何するの!」
私の体は瞬時に、鏡の精霊フェイが居る限り『絶対に安全な世界』に居た。
剣の形に開いている空間を覗き込めば、厳しい表情をして動きを止めているアレク様が見えた。宙に浮くシャナさんも、微動だにしない。フェイは鏡の中では万能だから、時間を操ったんだ。
「ジゼル。見ただろう? あれは、救世の英雄の力を得ているのに、闇堕ちした魔女だ。あの場に居れば、ジゼルなんてひとたまりもない……それに、あの魔女を相手取れば君を守る余裕は、アレクセイにだってないよ」
鏡の精霊フェイがそう言うのなら、確かにそうなのだろう。ここからは魔王を倒した英雄二人が対峙するのだから、ただでは済まないと言うのも。
「そうよね……私も、まさか……彼女が? 私、王太子だけの問題だと思っていたわ。だって、アレク様は幼い頃に既に彼に憎まれていたと、言っていたもの……」
「幼い頃に隠すことが出来ずに自分の気持ちを相手に見せてしまったことなら、僕に言わせれば、それは双方大人になったのなら許し合うべきだ。赤子の時から我慢することが出来る人は、誰もいない。相手の気持ちを慮ることも、学んでいない。まだ幼い子供が嫉妬を感じたことを隠せなかったとしても、それは仕方ないことだと僕は思う……アレクセイは、あれだけのことをされてもなお、兄を大事に想っていた。それは……彼の優しい部分を知っていたからじゃないかな」
最初から、フェイの言っていた通りだった。
王太子だって人の子で……嫉妬を隠せなかった時もあったかもしれない。けど、アレク様は『自分が居なくなれば、兄は我に返るかもしれない』って、確かに言っていた。
「そうよね。フェイの言う通りだわ。私も、それは不思議だった。ただ憎まれて王太子だって嫌いだと言うのなら、もう国を出てるよね……?」
兄に憎まれても辛くても、アレク様はそれでも我慢して第二王子として国に残っていた。
自分に課せられた公務だって忙しく日々こなしていたし、体の弱い父王や……変わってしまった兄を残して国を去ることは、したくなかったのかもしれない。
「うん。ジゼルの言った通りだと思う……ジゼル。僕が代わりにと言ってはなんだが、今の状況を説明しよう……さっき現れた黒幕魔女シャナはアレクセイが好きだったんだけど、アレクセイには全くその気はなく、仲の良い友人止まり。恋心を口に出すことも出来ず、自分が手に入れられないなら幸せにしたくないと思い兄の憎悪の気持ちを利用して、彼の処遇を自分の思い通りにしていたと言うところだろう」
フェイは流れるように、今のアレク様と魔女のシャナの関係性を説明してくれた。確かに……それだと、綺麗に説明が通る。
「……え。少し、待って。フェイ。あの二人の関係を何で、そんなに詳細に知ってるの……?」
救世の英雄の二人の、恋愛沙汰なら誰しも興味があるはず。けど、勇者と聖女と違い二人の名前は伏せられていて正体は知られていないはずだった。
私だってアレク様のことをそれなりに調べていたけど、彼が剣聖であることは知らなかったもの。
「僕がジゼルのためにどれだけ力を使っているか、知らないだろう……この前偶然城の使用人が、井戸の近くで噂してた。女性の気持ちに鈍感なアレクセイは、祝賀会の時もシャナにそれとなく迫られていたが、全く気が付かれていなくて、少し可哀想だったと」
え。待って。もしかして、アレク様って自分ではモテないって言ってたけど……ただ鈍感な性格だから。ご令嬢が遠回しに迫ってても、自分ではわからなかったってことなのでは?
「……もしかしたら、私くらい体を張って、わかりやすい演出が出来る子でないと、彼には気がついて貰えないのかも!」
そうしたら、どうしたら彼と少しでも親しくなれるかと、フェイと一緒に頭を悩ませていた私も少しは報われると思う……記憶を取り戻した時の、恥ずかしさと言ったら本当になかったけど。
「でさ。ジゼルはどうする?」
「……どうするって、どう言うこと?」
フェイの試すような問い掛けに、私は真っ正直に返してしまった。彼は出来の悪い生徒を見るようにして、眉を寄せて仕方なさそうに肩を竦めた。
「今の状況をわかりやすく言うと、アレクセイとジゼルは互いに確たる言葉で約束し合っていないが、割と良い仲になっているよね? そこに、昔仲が良かった女の子が現れた。彼女は結構な間一緒に旅に出ていて、気心も知れている……これから、ジゼルがすることは?」
フェイの淡々とした言葉で私はおどろおどろしい地下牢とか、王太子が操られたりとか……黒いローブの魔女が現れたり……とても良くわからない状況が、整理出来た。
「え。嘘! 恋敵って、私……生まれて初めてだと思う。ねえ。フェイ。どうやって対処したら良いの?」
「……君って、僕のことなんだと思ってるの?」
「親友だよ! 小さな頃から、いつも一緒に居るもの! 楽しいことも、悲しいことも聞いて貰うのも、いっつもフェイだもの!」
私のはきはきとした言葉を聞いて、まんざらでもない顔で笑ったフェイは口を開いた。
◇◆◇
「シャナ。何で、ここに君が居るんだ……?」
「アレクセイ……私と……」
戸惑った様子のアレク様と、彼にあまり良くない何かを言い出しそうな魔女シャナ。そんな二人の間に、立ちはだかる私。
「ちょっと! 待ってください!」
「え? ……ジゼル?」
いきなり大声を出した私に、二人は動きを止めた。魔女シャナは目に見えて険しい表情になったけど、彼女が何かをしようとするなら剣聖と鏡の精霊が何とかしてくれると信じているので私は怖くない。
「……あのっ! シャナさん。私。オペル王国のジゼル・ダスティンです。アレク様に二度縁談申し込んだんですけど、王太子に勝手に断られて……絶対に諦めたくないから、彼と仲良くなりたくて色々と策を練りました! これから二人でオペルに行くところなんですけど……何か、彼にご用でしょうか?」
とてもわかりやすく魔女シャナに牽制をした私に、驚いた顔をした二人。恋敵との戦いは、一歩も引かぬという気合が必要……らしい。
「アレクセイ……誰なの? この子は。貴方に女の子が近付いている様子は、今までなかったはずだわ」
「私たち二人は、とても仲が良いですよ。シャナさんが……知らないだけで。知らないところで、仲良くなったんです」
「貴女には、聞いてないわ。うるさいから、黙ってくれないかしら」
睨み合う二人に、アレク様はどうしたものかと微妙な顔になった。私を恋人であるとは言えないから、彼も対処に困ってそう。
「え? シャナ……この子はジゼルだ。二人とも、待ってくれ……君は魔塔に帰ったんではなかったのか? 僕は、そう聞いていた」
絶対に帰っている訳はない。シャンパニエン王城で王太子の憎しみを増幅させて自分の良いようにしたり、女の子が近づかないようにしたり……そういう小細工をずっとしていたんだと思う。
自分の手には入らないからって、誰のものにもならないでと思う気持ちは、恋する乙女としてわからなくもないけど……そんな裏でこそこそとするくらいなら、私なら彼に当たって砕けた方がマシだと思う。
「あのっ! 私、アレク様が好きなんです。彼のことを、誰より幸せにしたいから、シャナさんには申し訳ないんですけど、彼をオペルに連れて帰ります!」
魔女シャナは私を睨んだけど、私も負けずに睨み返した。アレク様は色々と驚いてて、無言のまま。
私はちゃんと、アレク様への好意を口にした……今まで彼に何も言わなかったシャナさんはどうするの?




