14 はじまらない
「私とアレクセイの関係は……そちらの貴女には、何も関係ないわよね?」
魔女シャナさんは今にも、何かの攻撃的な魔法を発動させましょうかというトゲトゲしい空気を出した。アレク様と救世の旅を共にして親しい自分との二人の関係に、他人は口出ししてくるなって、言いたいのかもしれない。
けど、私だって彼女に言いたいことなら、山ほどある。なんで、好きな人を不幸にして、満足出来るのかとか。
「……けど、王太子の心を操っていたのは、シャナさんですよね? こんな時に現れてそれは違うなど、生半可な言い訳は通らないのではないですか?」
言い終えた瞬間。私のこめかみ辺りを通り抜けた緑の光球に驚き、慌てて前へと歩み出たのは旧友の裏切りを知ったばかりのアレク様だ。
彼の手にある大剣の刃に映るフェイを見たら、手を振っていた。先ほど私を守ってくれたのは、彼で間違いなさそう。
「……シャナ……そうなのか?」
アレク様は彼女の登場と同じようにこれも驚いたようだけど、女心以外は聡いんだと思う。とても、険しい表情になった。剣を握る手に、ぎゅっと力が篭った音が聞こえた。
「アレクセイ。待って。違うの……なんで、そんな子を信じるの? 貴方を手に入れようとして、妙な嘘を言っているんだわ。私を信じて欲しい」
自分こそが被害者なのだと切々と語っているけど、事態は明白だった。
さっきの彼女の言葉からも王太子を操って、彼に女性を近づかせないようにしていたのは、下手な言い訳なんて利かない事実。
「悪いけど、僕は今……混乱している。シャナとは、長い旅を共にして良い友人関係を築けたと思っていた。けど……一つだけ、教えて欲しい。ではなぜ、君は今ここに居るんだ?」
眉を寄せていたアレク様の思う疑問はもっともで、シャナさんも息を飲んだようだった。彼女はやっぱり、ここでも黙ることを選んだ……彼を好きなら好きと、言えば良いと思う。さっきの、私みたいに。
「あのっ……! アレク様って、女性にアプローチされているのが日常だったから、それで、好意だとわからなくなっているんだと思います。そんな風に何も言わないでは……一生、何も気がついて貰えないと思いますよ!」
私は恋敵として、正々堂々と彼女と戦ったつもり。けど、彼女はそれでも、何も言わずに黙ったまま煙のように何処かへと消えていった。
これって……どういった判定になるのかな。勝ったと思って良いのかな……ううん。彼女は彼に、告白してもいないんだから……選んで欲しいと願う権利も、全て放棄したことになる。
大きなため息をついてアレク様は振り向き、その視線に思わずビクッとした私を見て肩を竦めた。
「ジゼル。君が僕に、縁談を申し込んでたの? 二回も?」
「……そうです……けど、会ってさえも、貰えなくて……あ」
話の途中で私が声を上げてしまったのは、彼の兄王太子が呻き声をあげたからだ。
王太子は頭を何度か振って、手で押さえている。シャナさんの魔法が、ようやく解けたんだ。彼を取り囲んでいた騎士は、無限に出てくると思っていたけど……今は、数人が地下に倒れているだけだ。
「ジゼル。悪いけど……兄が起きて、君がここに居ると話がややこしくなる。鏡の精霊殿に、ここからの脱出を頼めるかな?」
「大丈夫です。フェイ」
頷いて微笑んだ時には、私はもう白い『鏡の世界』に居た。剣の形の向こうから聞こえたは、誰かを呼んでいるアレク様の声。
「恋敵に、大勝利だね。ジゼル」
「助けてくれて、ありがとう。私、フェイが居ないと何度か死んでるかも」
軽口を叩いた私たちは片手を打って、とりあえずの勝利を喜んだ。
「僕が居ないと、君はそもそもアレクセイにも会っていない訳だからね……うん。僕の宿る鏡を見つけて磨いたのが、ジゼルの人生において……良かったのか。悪かったのか……君自身は、どう思う?」
意味ありげに微笑んだフェイは、憧れのシャンパニエンの王子様とようやく上手くいきそうな私を試すようにそう言った。
「そんなの、関係ないわ。自分の人生は、これから自分で良くしていくつもりよ。フェイ。だって、幸せになるって、誰かにして貰うようなものでもないもの」
「わかってるじゃん」
鏡の精霊の表情によると、私の答えはどうやら合格だったみたい。
◇◆◇
アレク様は兄の王太子オーギュスト様と、ようやく和解することが出来たようだった。彼はあまり語らなかったけど、今まで話も聞いてくれなかったというお兄さんと心ゆくまで話せて嬉しそうだった。
私たち二人は、今オペルに向かう船旅の真っ最中。大きな船は出航したばかりで、まだシャンパニエン王国の港町が見える。
私一人だけなら、鏡を伝ってフェイと一緒にオペルへとすぐに帰れるんだけど、絶対に彼の到着を待ちきれないと思うし、それならと一緒に帰国することにしたのだ。
あの時に、あまりの恥ずかしさに逃げなかったら、彼と二人でこうして旅をしていたんだ……なんだか、感慨深い。海の青さと空の青さの種類を数えていたら、一生かかりそう。
「ジゼル。こんなところに居たのか」
「わっ……アレク様」
彼は私たちの旅の荷物を持って先に船室に入って行ったんだけど、私は次第に離れていく街を見ていたくて乗り込んだ甲板に居たままだった。
たくさんの人が見えなくなるまで、手を振ってくれていて……私の知り合いは、あんなところには居ないはずなのに、少しだけ郷愁も感じたりして。
「船旅は、久しぶりだ。オペルってどんなところ?」
「オペルは、太陽に愛された国と呼ばれています。街並みも色鮮やかで、とっても綺麗なんですよ」
「そうか……楽しみだな……」
私の隣に、アレク様が居る……なんだか、自分にとてつもない奇跡が起こっているようで、今居る立ち位置が不思議だった。
けど、これは奇跡とは言えないのかもしれない。あの時、頭を悩ませて、なんとか彼と仲良くなりたいと思ったことが、今に繋がっている。
「……あの……良かったんですか?」
「ん? 何が?」
「シャンパニエン王国を……出て来てしまって、良かったんですか?」
アレク様は、悩んでいた兄との確執の問題は解決した。
本当はもっともっと早くに解決していたかもしれないけど、お兄さんだって知らないところで感情を操られていたのなら仕方ない。
「僕は……シャンパニエンに囚われていると、たまに思うことがあった。父の体は心配だし、兄との関係には改善は見られない。それでも……嫌だからと、逃げたい訳ではなかった。だから、ジゼルが鏡の中に来てくれて、僕は解放されたんだと思う」
「解放、ですか?」
彼の言葉に首を傾げた私に、アレク様は頷いて言葉を続けた。
「そうだ。君が鏡の中に囚われていて、いくつもの条件を叶え、鏡の外に出ることが出来たよね? それと、一緒だ。僕の条件は、一つだった。兄との和解。ジゼルがこなければ、永遠にこのまま袋小路だったのかもしれない。けど、君が……」
彼はそこで言葉を止め考えるように顎に手を当てたので、私はますます不思議になった。
「そうだ。ジゼルは、記憶を取り戻して恥ずかしかったから……あの時に、逃げ出したと言ったよね? その理由は、なんだったの?」
それはいつか明かさなければならないことだとは言え、思わぬ不意打ちだった。私の頬は熱くなり、見えないけど今は顔が真っ赤だと思う。
アレク様は聡明で優しい人だと、理解しているけど……何か意地悪で、こんなこと言う訳ないってことも……あと、少し鈍感なところも可愛いから無罪で良いと思う。
……そうよ。言わなきゃ。これを、言わなきゃ……何も、始まらないんだから。
「あの……私が、鏡の中に居た理由なんですけど……」
Fin
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。もし良かったら、評価をよろしくお願いします。
また、別の作品でもお会い出来たら嬉しいです。
待鳥園子




