12 鏡の代わり
「誰が、こんなところにまで助けに来た……? ああ。アレクセイへ縁談を送って来たオペルの……何で、この女がこんな所に居るんだ?」
地下牢へと現れたのは、仰々しい格好をした何人もの騎士を引き連れたアレク様の兄だった。自己紹介をされなくても、私は彼が絶対にそうだとすぐにわかった。
だって、こちらを睨み付ける目に篭った憎しみが、尋常ではないもの。話の通りだった。
「……エインセル。ここを離れてくれ。僕は平気だから。出来れば、彼らの背後にある階段まで走って欲しい。彼らの狙いは、僕だから」
「えっ……! ちょ、ちょっと! 待ってください!」
そこで、私は目の前の光景に目を疑った。
剣を抜いたアレク様の前にあった、捕らえていた小部屋の出入り口に張り巡らされた鉄格子が、一瞬にして切れてしまったからだ。
ガランガランとした大きな金属音を立てて、石畳の上に切れた鉄格子は転がった。
「え……け……そういえば、剣聖だった……え。うそ」
アレク様は王子であるだけではなくて、勇者と旅した剣聖だった。そうだった! え。別に忘れていた訳でもないけど……でも、こんな……剣聖って、こんなことも出来るの!?
「うん。そういう訳で、心配はないから……またね」
あまりに驚き過ぎて唖然とした私にふわっとした笑顔で笑いかけた彼は、王太子の前に進み出た何人かの騎士たちと睨み合った。
「兄上。貴方も知っての通り、僕はジャンパニエンから出ていこうとしていました。何故……こんなことまで?」
淡々とした声だけど、とても辛そう。
それもそうだ。もし、優秀な弟のアレク様が目障りだと言うのなら、目の前から居なくなれば、それでもう彼の目的は叶って良いはずだ。
こんなことまで、するなんて……本当におかしいと思う。
「お前が幸せになることは、私が許さない」
信じ難いことを、オーギュスト殿下……ううん。こんなやつ! 最低な王太子は言った。私も直接彼を見て思ったことだけど……こんな嫌な視線に始終晒されていたのなら……アレク様は、どれだけ辛かったことだろう。
「……僕は、幸せになりたいです。この国を、捨ててでも。父上や兄上と道を別つことになっても」
「許さない」
低い声で言った王太子は騎士に目配せをして、彼らはアレク様へと襲いかかった。確かに、アレク様は強い。剣聖としての名前の通り、確かに強いけど……相手の数が絶対おかしい。昏い影から湧いて出るかのように、次々に出て来るのだ。
そして、アレク様が言った通りに……彼らは私のことなんて、見向きもしない。人質に捕らえようと言う気もない。まるで、眼中にない。
「これって……ど……どうなってるの?」
王太子も彼に仕える無数の騎士たちも、何かに操られているのかのようだ。通常ではあり得ないような憎悪を、主君の息子第二王子のアレク様に向けている。普通なら、王太子同様敬われるはずの人なのに。
これって……これって絶対に、おかしいよね?
異様な光景に私は慌てて走り出して、フェイと別れた看守室にあった壁に貼られた小さな鏡を覗き込んだ。
「フェイ! フェイ! 絶対、おかしいの! アレク様を捕らえたという、王太子が出て来たけど、何かがおかしいわ……彼の部下の騎士たちも操られているみたいだし、どれだけ倒しても、どこからか湧き出てくるように出て来るのよ!」
悲鳴のような声でフェイを呼んだ私に、鏡の中に居た彼は顔を顰めた。
「ジゼル、何……え? どういうこと? もしかしたら……アレクセイの兄は、やっぱり誰かに操られていた? とは言っても、ここからではどうしようもない。僕をその場所まで、連れて行ける?」
私は壁から小さな鏡を何とか外そうとするけど、ガッチリと張り付いていて、とてもじゃないけど外せそうになかった。
「無理よ! どうしよう! いくら救世の旅に出られるくらい、強いからって……あんなに、相手が多かったら! どうしようどうしよう! フェイ、早く何とかしてよ!!」
それに、地理的な問題もあった。アレク様は、地下牢を奥とした袋小路に追い詰められているのだ。無限に湧いてくる相手を前に、じりじりと体力は削られていつかは底をついてしまうだろう。
「ジゼル。落ち着くんだ……鏡……鏡になるようなものがあれば……何か、ないかな」
フェイは鏡に宿る精霊だから、鏡の世界では万能だけど鏡の外に出ることは出来ない。私は彼に特別に加護を与えて貰って鏡を出たり入ったり出来るけど、肝心なフェイは鏡から出て来られないのだ。
「フェイ……どうしよう……どうしよう……! あのままだと、殺されてしまうわ!」
「落ち着いて、考えてくれ。アレクセイの閉じ込められた部屋の中。ここまでの道筋。何か姿を映せるものは、一つもなかった?」
完全に恐慌状態になってしまった私を落ち着かせるようにして、フェイはゆっくりとした口調で言った。
そうだ……ここで、私が何も出来なかったら……きっと、王太子に逆らった罪でアレク様は殺されてしまう。地下牢の出来事だもの。なんとでも、隠蔽が出来るはずだ。
「……鏡? ……鏡! フェイ。わかったわ! アレク様が使っている剣なら、鏡代わりになるはずよ!」
ロディに渡された彼の剣は、十分に研がれていた。地下牢周辺では光が足りないから、剣では姿を映すことは出来ないだろうけど……もっと強い光量があれば、何とかなるはずだ。
「光代わりになるというと、松明か……けど、ジゼルが持ち運べるようにするには……ジゼル。緊急事態だ。わかっているよね?」
「当たり前でしょう! これが、緊急事態でないと言うなら、他も緊急事態とは言えないわ! ……え? 何?」
何を言い出すんだと言い返そうとした時に、フェイが黙って指差した背後にあるものに、私はこくりと息をのんだ。
「トーチ?」
「うん。これだと、一本一本だと間に合わないと思うからさ……何本か同時に持てる?」
「何とかして持つから、大丈夫!」
私は急いで、紐で結ばれていたトーチへと駆け寄った。
「……重さ。確認してないよね?」
フェイが苦笑しつつ呆れたから、私はとにかく一本を取り出した。
「好きな人のピンチに、重いから無理とか絶対、言えないと思うの!」
◇◆◇
「……アレク様、避けてー!!!」
私は看守室にあった看守用のトーチを、一気に何本か投げた。地下の石畳の上にバラバラと落ちて、それは辺りを一気に照らした。
もちろん、アレク様の持っていた立派な大剣も、人の姿が映るほどにまでになった。フェイが力を発揮したらしく、数多く居た騎士たちは動きを止め、王太子は呆けた顔になり無言で動きを止めた。
「……なるほど。弟への執着が尋常ではないと思ったら、操られていたんだね」
「エインセル。ありがとう……彼は?」
さっきまで戦闘中だったアレク様は、目を見開き驚いた顔をして、戸惑っている。それは、そうだよね。自分の剣の刃に、見知らぬ少年が浮かんでいるんだもの。
「あ。鏡の精霊フェイです。私に加護を与えてくれていて……子どもの頃からの、私の親友なんです!」
「どうも。ジゼルの親友です」
面白そうにフェイが挨拶をしたので、アレク様は剣を掲げたまま何度か頷いた。
「精霊殿。危ないところを助けて頂き、ありがとうございます……ジゼルが、君の名前?」
「アレク様。私。本当は、ジゼルという名前です……あの時置いて帰ってしまって、本当にごめんなさい!」
私はこんな状況ながらも、彼を置いて行ってしまったことを謝らずには居られなくて、慌てて頭を下げた。私があの時に彼を待っていれば、これはすぐに解決していたはずなのに。
「そうか。本当の名前は、ジゼルだったんだね。記憶を取り戻せて、本当に良かった」
ホッと安心した様子を見せるアレク様。育ちも良く心優しい王子様……彼を嫌い憎むなんて、よっぽど性格が悪いと思う。
「ジゼル、アレクセイ、足元の影を見て……王太子を操って、君を憎むように仕向けた者が、現れたようだよ」
フェイの声に慌てて石畳の上を見れは、私が投げたトーチが照らす光の中、昏くて濃い影が伸びた。




