第二十九話 スマホ通帳
翌月の事である。
剛は、志野から渡されたスマホで、指定された銀行アプリを稼働させた。
「……さて、婆さん。今月も食費ぐらいは振り込んでくれたかな」
軽い気持ちで立ち上げた、認証パス、残高照合
【 オフリコミ 4,500,000】
【普通預金残高 8,800,000】
「……は?」
剛は、思わずスマホを落としそうになった。
先月「一年分だな」と確信して、必要経費を計算して、大切に切り崩していた450万。それが今朝、何事も無かったのように再び「4,500,000」とアプリの入出金明細に刻印されていたのだ。
(ええ?……バグか?銀行のシステムエラーか⁈)
パニックの剛に、志野から着信の表示が入った。
「なあ……志野さん、なんだか通帳が凄い数字になってんだけど?桁数間違ってないか?」
『何を言うてんのや、浜崎はん。あんたに預けたんは「神無月の看板」そのものやで。菊人が機嫌ように過ごし、その美しさを保つための「維持費」に他ならんわ。……まさか、あんた、一回きりのボーナスやとでも思ってたんか?』
志野の笑い声がスピーカー越しに響く。剛は液晶に表示された数字が、自分を監視する巨大な瞳に見えてきた。
『言うときますけど、その額には「責任」という名の重みも乗ってますえ。せいぜい磨いてやってな』
(どこかに、監視カメラでも隠してんじゃねえか……このババァ……)
と思った途端に志野の声が響いた。
『そのスマホ。GPS機能は付いとるからな。……ほな、今月分もしっかり「管理」しておくれやす』
ツーツーときれた電話。
剛は、震える指で再度アプリ画面を見つめた。
一か月450万……年間5400万。
「……これ、絶対給料じゃねえ……俺に対する、死刑執行の猶予金だ」
剛は、ソファーで「剛ちゃん、喉渇いたぁ。レモン水作って!」とはしゃぐ菊人を見て絶望に近い責任感に襲われた。
明日のご飯代を気にする菊人だ。まかり間違って志野に「御馳走やよ!100円のコロッケを食べさせて貰うた」と胸張って報告でもされた日には……。
(志野の怒号が聞こえそうな気がする……。生きていけるだろうか……俺)
金額を眺め……思い悩む剛であった。




