第二十八話 城の中の「大きな子供」
新しいマンションでの生活が始まって数日。剛にとっての悩みは、菊人の「羞恥心の欠如」だ。
「おい!菊人っ!裸でウロウロすんじゃねえっ!動物園の動物じゃあねえんだぞ!」
剛はバスタオルを広げ、リビングを涼しい顔で横切ろうとする菊人を追いかけていた。風呂上り、長い髪から滴る水滴もそのままに、菊人は「さっぱりしたぁ」とでも言いたげな顔で、窓の外を眺めている。
「……?なんで?剛ちゃん、そないに怒っとるん?……お風呂、気持ちよかったよ」
「気持ちいいとかそういう問題じゃねえんだよ!お前、自分が二十歳の男だって自覚あんのか?窓の外から覗かれでもしたらどうすんだよ!」
「……え?……見られても、うちはかまへんよ?」
「だめだっ!俺がかまうんだよッ!!」
首を傾げる菊人の姿は、二十歳といえども若干幼く、化粧をしなくても白き彫刻のように神々しく美しい。しかし、その瞳には一切の邪念が無く、ただ純粋に「服を着るのが面倒くさい」という子供のような理由しかないのだ。
「いいか、お前がかまわなくても目のやり場に困る俺の身にもなれ!」
「……なんで、剛ちゃんが困んのんや?」
剛は強引に大判のバスタオルで菊人をぐるぐる巻きにした。菊人は「わあっ、お寿司みたいや」と声を上げて笑い、そのまま剛の胸に体重を傾けてくる。
「……剛ちゃん、どしたん、その顔?風邪か?熱は?」
菊人が心配そうに、額を剛の頬に寄せてきた。
剛は心臓が跳ね上げるのを必死に抑え、菊人の顔を無造作にタオル越しにガシガシと拭いた。
「……熱なんかねえよっ。ほら、さっさと服を着ろ。お前に風邪でも引かせたら、俺がババァに殺されっかも知れないだろ?」
着替え一つも自分で選べない、大きな子供である。
「……スェット……これでもいいだろ。……今日は、出かける予定はねえから」
「……はーい……剛ちゃん」
二十歳の美人さんが、適当に剛が渡したダボダボのグレーのスウェット着て、袖を余らせながら嬉しそうに笑っている。
志野が言っていた「お務め」とは、舞台の管理だけでなく、この「大きな子供」に人としての一般常識を教え、同時に自分の理性を保ち続けるという、世界一過酷な修行の事だったのかもしれない。
「剛ちゃん……喉渇いた」
「……はいはい。溢さずに、ちゃんと持って飲むんだぞ」
神無月の至宝を、普通の「男」に育て直す道は、果てしなく遠いのかもしれない。




