第二十一話 神無月の至宝、新生の舞
舞台に現れた菊人の姿に、一門からはどよめきが漏れた。
纏っているのは、神無月家の当主が儀式の際にのみ着用する、漆黒の五つ紋。
本来、男の力強さを象徴するはずのその装束が、菊人の細い身体を包むと、かえってその内側にある「柔」の輪郭を鮮明に浮かび上がらせていた。
笛の音が、静寂に波紋を広げる。
菊人がスッと扇を広げた瞬間、観客は息を呑んだ。
黒紋付きの袂か揺れる。
それは紛れもなく、「神無月 綾」が十八番としてきた「女踊り」の所作だった。
屈強な男の装束を纏いながら、首筋のライン、しなやかな指の運び、そして憂いを帯びた流し目は、そこらの中途半端な女形が束になっても適わないほどに、痛々しく、そして暴力的なまでに色っぽかった。
「……っ、何という芸や……」
最前列に居た長老が、震える声で漏らした。
男の服を着て繊細な女を舞う。それは「身代わり」であることを逆手に取った、菊人による神無月への皮肉であり、同時に、性別の境界を無に帰す「究極の表現」だった。
剛は、舞台袖でその光景を食い入るように見つめていた。
黒い紋付きに包まれた菊人の身体は、まるで漆黒の闇の中で一輪の真っ白い花が狂い咲いているように見えた。
瀬戸に教え込まれた「型」をなぞりながらも、その中身は、剛に抱きしめられた時の熱を、剛に名前を呼ばれた時の喜びを表現していた。
舞が激しさを増すと、黒紋付きの隙間から、白く細いうなじが汗に塗れて光る。
菊人は神無月の伝統(黒紋付き)を纏いながら、その実、神無月が最も恐れていた「生身の情念(女踊り)」を叩きつけていた。
白粉がはがれ、黒い着物と白い襦袢、そして紅潮した肌が混ざり合う。
最後、菊人が扇を閉じ、黒紋付きの裾を捌いて静止した時……そこにはもう「男」も「女」もいなかった。
ただ、神無月 綾という名の、この世で最も孤独で美しい一つの魂だけが、そこに凛と立っていた。
静寂が舞台を支配する中、菊人は最後の一差しを終え、漆黒の紋付きを翻して深く頭を下げた。
一門の者たちが、その圧倒的な「異形の美」に射すくめられ、咳払い一つ出来ない。
志野がゆっくりと立ち上がり、一門に向かって冷徹に言い放った。
「……これで、終いや。……神無月の『看板』は、今この瞬間、この子が実力で示したわ。これでも、文句のあるモンは、明日からうちの前へ来なはれ。お一人ずつお相手さして貰いますな」
志野の凄みに、親戚一同は這うようにして、退散していった。




