ワガママ殿下との出会い《逆行前》
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私とエドワード殿下との出会いは、はっきり言って「最悪」だったと思う。
ーーーオリヴィア11歳の誕生日、翌日。
普段は忙しい両親に、誕生日祝いにどこにでも連れて行ってあげるよと言われ、私がお願いしたのは当時人気の観劇だった。
公爵家であるロードン家は、普通に観劇に行こうとすると、どうしても高位貴族専用の特別観覧席へと案内されてしまう。
しかし今の期間は、特別観覧席内の清掃や内装変更のため、私達も平民と同じ、一般の席の後ろの方で観ることができるのだ。
正直、わざわざこの期間に観劇に行こうとする高位貴族はあまりいない。
だけど私は、他の観客の笑顔やすすり泣く声がいつもよりも近くで聞こえる距離で、皆で一緒に観ている感覚を味わえるこの期間がとても好きだった。
(ああ…!とっても良かったわ…!!!)
幕が下り、ザワザワと周りの人達が帰路につく中、私は感動のあまり両手を組んだまま、なかなか席から立てずにいた。
その日の劇は「青薔薇の麗人」という、復讐のために騎士になった一人の見目麗しい男性が、絶望の中で愛を知っていくという内容のもの。
これには原作の本があるのだが、私は原作も何度も読む程お気に入りだったので、登場人物達が目の前で動き、話している様子にとても感動してしまったのだった。
「あらあら、幸せそうねぇ」
「ハハハ、リアが満足したようでなによりだ。
そろそろ夢から醒める準備は出来たかな?」
お父様にぽん、と優しく頭を撫でられる。
「はい!お父様、本当にありがとう!」
早く行こうよ、と私の腕に掴まるメアリーに引っ張られるように、ようやく席から立ち上がろうとしたときーーー
「ーーーチッ、やっぱりこんな席じゃ周りが気になって全然楽しめなかったじゃねぇか」
近くからそんな声が聞こえてきた。
(…何ですって……?)
チラ、と声のした方を見やると…、私と同じ歳位だろうか。
茶色の髪の男の子が、その綺麗な顔をムスッとさせてブツブツと文句を言っていた。
すぐ隣で頭を下げている執事らしき人の所作や身なりからも、かなり高位の貴族であることが窺える。
「申し訳ありません…この期間はどうしても…」
「言い訳は無用だ!俺が観劇を観たいと言ったら、最高の状態で観れるようにするのがお前の仕事だろ!」
「…申し訳ありません……」
周りの人達はなるべく関わらないようにと、足早で外へ出ていっている。
「全く…本当に使えないな!」
私も、お父様達の後について少しずつ出口に近づくにつれ、男の子の声もよりはっきり聞こえるようになってきた。
そして、そのあまりにも身勝手な言い分に、さっきまで幸せの絶頂だった私の気分は急降下して、なんだかムカムカしてきてしまった。
(あのお坊ちゃんは一体何を言っているのかしら…!?)
思わずキッと睨みつけると、丁度そのとき、両手でジュースを持った小さな女の子が走って来ていた。
女の子はジュースに夢中で、男の子に全然気付いていない。
(ーーーっ!危ない、ぶつかる!)
ぶつかる寸前。
気が付けば私は、女の子を庇うように抱きしめていた。
「ふ、ふえぇ……っ」
突然の衝撃に驚いてしまったのか、
ーーージュースがこぼれてしまって悲しかったのか。
女の子は泣き出してしまった。
「どこも痛いところはないかしら?」
女の子の頭をなでながら聞くが、女の子はそれどころではないようだ。
周りを見渡すが、お父様達は出口へ向かう人達に流されてもう外へ出てしまったのか、姿が見えない。
(うーーーん、困ったわ。
この子のご家族はまだ中にいるのかしら…)
キョロキョロしていると、そこへ、慌ててこちらへ走ってくる女性が見えた。この子の母親だろうかと、ホッと胸を撫でおろす。
そして女性は私のドレスを見るなり、真っ青になって床に頭をつけ謝り出してしまった。
「も、申し訳ございません………っ!
私が娘から目を離したばかりに………!!」
「だ、大丈夫ですから頭をあげて…!」
私は慌てて女性の頭を上げさせる。
「で、ですが……そんな上等なお召し物……
弁償となるといつになってしまうか……」
相変わらず真っ青な顔からさらに血の気が引いていく。
(か、顔が青すぎるわ…!このままじゃ倒れてしまいそうね…)
その女性が言うように、私が今日着てきたのは誕生日祝いに贈られたドレス。生地もそれなりのものだ。
クリーニングではジュースの染みは完全には取れないだろうし、例え取れたとして、クリーニング代だけでも、平民と思われるこの母娘にとっては大変な金額となってしまうことが予想できた。
私は女の子の両手を取ってニコッと微笑み、
「あまりにも可愛らしくて、私が急に抱きしめてしまったのよ。
せっかくのジュースをこぼしてしまって、ごめんなさいね。」
怪我がなくて良かったわ、そう言って女の子を立ち上がらせると、母娘をほとんど無理矢理出口へと促した。
母親がペコペコと頭を下げながら、ようやく見えなくなるーーーと、
「おい。」
すぐ後ろから、酷く苛立った声が聞こえてきた。
(…あ。あの母娘に必死で完全に忘れてたわ…。)
恐る恐る後ろを振り向くと、綺麗な顔に似つかわしくない程、眉間に深い皺を寄せた男の子が腕組みをして私を見下ろしている。
(ひ、ひええ…。慌てて飛び出しちゃったけど、今の状態はかなりまずいわ…!)
元々この男の子にムカムカしていたはずなのだけど、ずっと目の前に座り込んで進路を塞いでいたかと思うと、もうそれどころではなかった。
私は慌てて立ち上がり、謝罪を述べようとしてーーー
グッ、と。
男の子の右手で顎を掴まれ、無理矢理その藍色の瞳と目を合わせられる。
「!?」
(な、何!?顔が近い…!!)
驚いた私が何も話せずにいると、
「お前…さっき何故あの娘を庇った?」
不機嫌そうな顔で、男の子が問いかけてきた。
「…何故…と言われましても…。咄嗟に、としか…。」
「咄嗟に、だと?では、このドレスは?何故弁償させなかった?」
男の子は私の顎から手を離すと、今度は私のドレスに目をやる。
自分でも改めて見ると、ドレスの広い範囲に真っ赤なジュースがべっとりと付いていて、酷い有様だ。
「べ…弁償も何もありませんわ。
突然あの子に抱き付いたのは私の方。
ですから、このドレスの染みも……私の不注意です。」
後悔はないとはいえ、もう着れないかもな、と思うと少しだけ悲しくなって最後の方は声が小さくなってしまった。
「……そうか。お前もここの席で観たのか?」
「…えっ?はい、そうですが…。」
急に話題が変わり、何が言いたいのかと、思わず眉を潜めてしまう。
「楽しかったのか?」
「…はい?」
「だから、お前は恐らく貴族だろう?こんなに騒々しい席で平民に交ざって観て…楽しかったのかと聞いている。」
…………………。
カッチーーーン。
さっきまでのムカムカが再燃。いや、爆発する。
「……あの。あなたがどこのどなたは存じ上げませんが…。
この席で感じられる周りの人々の感情の動きを騒々しい、の一言で片付けてしまうのは、あまりにも短慮かと。」
「なっ…」
私の言葉を聞いて、男の子は真っ赤になる。
ーーーあ、怒らせた。と思ったけれど、私の口は止まらない。
「確かに私は、貴族ですわ。
ですが、観劇を楽しむ気持ちには、貴族も平民もありません。
同じものを観て同じように笑い、ときには涙し…
例えひとときでも、こうして感動を共有し、一つになれるこの空間に、私は特別席以上の特別な価値を感じるのです。」
「……貴族も平民もない…だと…?」
「ええ。それに、私が貴族として生活できるのも、全てこの国を支える民あってのこと。
私が貴族である限り、私はこの国に生きる民がより豊かに暮らせるように尽くす義務がございます。
平民を遠ざけ、見下し、理解しようともしない貴族に、一体何が出来るというのです?」
捲し立てるように言い切ってから、ハッと口を押さえたがもう遅い………。
男の子はまだ顔を赤くしたまま、今はなんだかバツが悪そうに下を向いていた。
(や…やってしまったわ…。)
私は基本的にいつも冷静で周りからもよく大人びている、しっかりしていると言われることが多いのだが…。
自分の好きなものを貶められたり、我慢ならないことがあったりしたときに、つい頭に血が登ってしまうことがあった。
今回も、私の大好きなこの一般席のことを馬鹿にされたようで、我慢ができなかったのだ。
ーーーしかし、もしかすると相手は私と同じ、もしくは私よりも高位の貴族かもしれない…。
今度は私がさっきの母親のように、顔を真っ青にする番である。
「ーーーリア?!」
と、そこへ、お父様が駆け寄ってきた。
「お父様…!」
(救世主!!!)
ホッとしてお父様に抱き着くと、お父様は、ここにいたんだね、と優しく私の髪を撫でーーー、
振り返って男の子を見やり……
「ーーーで、殿下………?」
と、呟いた。




