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レイ、肉屋のプロに弟子入りする

翌日、俺は一人で商業地区に行った。


 貧民街から商業地区に入ると雰囲気が変わる。道が広くなって店が並び、その中に肉屋があった。店先に塊肉がぶら下がっていて、大きな男の人が包丁を磨いていた。


「すみません」


 男の人が顔を上げた。四十代くらい、がっしりした体つきだ。


「……なんだ、子供か、何の用だ」


「解体を教えてほしいんです」


 男の人が目を細めた。


「解体?」


「昏い森で角ウサギを仕留めたので、血抜きはできたんですけど解体がうまくできなくて」


 男の人がしばらく俺を見ていた。


「そうか……」と言って包丁を置き、ため息をついた。


「まあいい、入れ」


 俺は店の中に入った。男の人の名前はベックさんといった。この商業地区で、長年肉屋をやっているらしい。


 解体は、まず見せてもらってから、小さな獲物で実際にやらせてもらった。教わった手順を一度で覚えて、二度目で刃の角度を直すと、ベックさんの手が、止まった。包丁を磨くふりをしながら、こちらを二度見したのが、横目でわかった。


「……お前、それ、今日初めてやったのか」


「はい」


「…………そうか」


 それだけ言って、ベックさんはそれ以上聞かなかった。ただ、そこからの教え方が変わった。子供に見せる手つきじゃなく、弟子に仕込む手つきになった。


 教わりながら、俺はいくつか質問した。どの魔物の肉が売れるか、どこに持ち込めばいいか、品質の見分け方。ベックさんは面倒くさそうにしながら全部答えてくれた。


「ただしな、坊主。売るなら、ちゃんとした店に持ち込め。妙な安値で買い叩く連中も出てきてる。——領主様が代替わりしてから、どうも商いの風向きがよくねえ。役人の見回りも増えた。ま、子供にゃ関係ねえ話だがな」


 最後のは独り言に近かった。でも俺は、頭の隅にその一言を書き留めた。


 ベックさんが頭を掻いた。


「また来い、持ち込む素材があったらうちで買い取ってやる」


「ありがとうございます」


 俺は店を出て貧民街に向かって歩き出した。今日も天気がいい。明日は昏い森に行こうと思った。


* * *


 それから俺の生活は少し変わった。


 週に二日、日が出てから昼前までの間だけ、昏い森に行っていい。院長先生との約束だ。行く前に必ず誰かに声をかけること、一人で奥には行かないこと。守れる約束だったので守っている。


 行き先を告げる相手はだいたいアリア姉だ。台所にいることが多いので都合がいい。


「行ってきます」


「気をつけてね、昼前には帰ること」


「うん」


 それだけのやり取りで済む。アリア姉は余計なことを言わないので、それが俺にはちょうどいい。



 孤児院の朝は騒がしい。十六人もいれば当然そうなる。小さい子が泣いていて、誰かが誰かを呼んでいて、台所からは鍋の音がしている。


 テオはまだ歩けないので、誰かが抱っこしていないとすぐ泣くが、今日はハナが抱えていた。七歳にしては手慣れている。


「レイ、今日も森?」とセルが言った。俺より一つ下の猫族の女の子で、猫耳がぴんと立っている。


「うん」


「いいなぁ」


「まだ早い」


「わかってる」とセルは言ったけど、耳がちょっと倒れた。


 カインが壁にもたれながら俺を見ていた。俺より一つ上の狼族の男の子で、狼耳をぺたんとさせているのは眠いからだ。


「……また一人で行くのか」


「うん」


「そうか……」


 特に返事はしなかった。


 トーマが無言で俺の隣に来て、籠を渡してくれた。昨日の夜、底の藁を敷き直してくれたやつだ。同い年のドワーフ族の男の子で、ずんぐりした体つきに籠を持つ姿が、なんとなく絵になる。


「ありがとう」


 トーマは何も言わなかったけれど、少し頷いた。



 昏い森は今日も薄暗かった。


 入口近くの採取ポイントはだいたい覚えた。鑑定を使いながら歩くと、どこに何があるかが感覚でわかってくる。薬草の群生地、食べられる木の実の木、川沿いの水草。一時間もあれば籠がいっぱいになる。


 ベックさんには三日に一度くらい顔を出している。口が悪いけど教え方は丁寧だった。「こうやって、ここに刃を入れる、わかるか」「わかります」そんなやり取りを、もう何度も重ねている。


 でも先週、ベックさんが言った。


「お前、筋がいいな」


 それだけだったけれど、悪い気はしなかった。



 帰り道、川沿いで鹿を見つけた。


 俺はしばらく観察して、鹿が水を飲みに来る場所の地面をアイテムボックスで少し細工した。足場が崩れるように。


 鹿が水を飲もうとして足を滑らせた瞬間、頭上の枝に仕掛けておいた石が落ちた。一度では仕留めきれず、二度目で動かなくなった。


「ごめんね」


 血抜きをして、ベックさんに教わった通り解体した。前より手際よくできた。



 川沿いで少し休んだ。水の音がして、鳥みたいな生き物の声がして、風が木の葉を揺らしていた。静かだった。


 俺はディメンションルームから卵を取り出した。金色の光を帯びた、人の頭くらいの大きさの卵で、触れると温かい。


 発見してから十日が経った。ステータスで確認すると、従魔の欄はまだ空白だ。でも卵の状態は「休眠中」から「安定」に変わっていて、毎日少しずつ魔力を込めているからかもしれない。


 鑑定をかけてみる。


【???の卵】

 孵化条件:魔力の継続供給

 状態:安定・魔力吸収を確認

 推定孵化期間:不明

 ※鑑定Lv不足のため詳細不明


 相変わらず「???」だけれど、「安定」になったから、ちゃんと届いているらしい。


 俺は手のひらに卵を乗せて少し魔力を込めると、卵がほんのり温かくなった気がした。


「……ちゃんと生きてるな」


 独り言だった。でもなんとなく、返事が来そうな気がした。来なかったけど。


 俺はまたディメンションルームにしまって立ち上がり、籠を持って、アイテムボックスの中身を確認して、帰り道を歩き始めた。昼前には帰れる。



 孤児院に戻ると、食堂が騒がしかった。二歳の犬族のニナが泣いていて、ミコも釣られて泣いていた。セルが「泣かないで泣かないで」と言いながら自分も泣きそうになっていた。


 院長先生がニナを抱き上げながら「おかえり、レイ」と言った。


「ただいま、今日はこれ」


 籠を差し出すと、薬草と木の実と、解体した鹿の肉が入っていた。院長先生が籠の中を見て、少し目を細めた。


「……ありがとう」


 それだけだったけれど、十分だった。


 アリア姉が台所から顔を出した。


「あら、今日は多いわね、この葉っぱ、薬にもなるやつじゃない」


「うん、多めに採ってきた」


「助かるわ、ルカがまた外で遊んでてすりむいてくるから」


 俺は何も言わずに椅子に座った。


 ニナがいつの間にか泣き止んでいて、セルが「これ食べる?」と木の実を差し出していた。ニナが「うん」と言って口に入れた。


 普通の朝だった。俺にとっては、それで十分だった。


 ——この普通を、守る。


 薄い粥から始まった二度目の人生の仕事は、少しずつ、形になり始めている。あとは、ディメンションルームの中で眠る金色の卵が、何を連れてくるかだった。

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