院長先生に怒られて、家族とシチューを食べた
孤児院の玄関を開けると、アリア姉とカインが立っていて、二人とも青い顔をしていた。
「レイ」
アリア姉の声が、いつもより低かった。
「……どこ行ってたの」
「森」
沈黙があった。
俺は布で包んだ角ウサギと、草と木の実が入った籠を差し出した。
「食べ物、持ってきた」
アリア姉がしばらく動かなかった。それから布をめくって角ウサギを見ると、きれいに処理してある。
「……これ、どうしたの?」
「罠で獲った。……殺して、川で処理した」
殺した、という言葉のところで、アリア姉の目が揺れた。
——しまった。
四歳の口から出るはずのない言葉だと、言ってから気づいた。獲れたよ、とか、たまたま罠にかかってて、とか、子供らしい言い方はいくらでもあったはずだ。前世の口が、勝手に報告を済ませてしまった。
でも、いまさら言い直して嘘っぽくする方が、たぶんもっとよくなかった。
「……そう」
アリア姉は、それ以上聞かなかった。聞かない代わりに、籠ごと、俺の頭を胸に抱き込んだ。
「——無事で、よかった」
カインが後ろで「お前マジか」と小さく言った。それが今日最初のカインの言葉だった。
廊下の奥から、静かな足音が近づいてくる。院長先生だ。
——さて。二度目の人生最初の説教が、始まる。
小柄な体で、でも足音だけはしっかりしている。俺と、俺が抱えた布の包みと、籠を見て、しばらく何も言わなかった。それから静かに言った。
「レイ、座りなさい」
俺は素直に座った。アリア姉も隣に座り、カインは入口のところで立ったまま、なぜか一緒に怒られる体勢になっていた。止められなかったから、ということらしい。
院長先生が椅子を引いて俺の正面に座ると、しばらく何も言わなかった。俺もしばらく何も言わなかった。
「……昏い森に、一人で行ったの?」
「うん」
院長先生がしばらく何も言わず、アリア姉が小さく息を吐いた。
「レイ、あの森がどれだけ危ないか、知ってるでしょ」
「知ってる」
「じゃあなんで」
俺は少し考えてから、正直に答えた。
「食べ物が必要だと思ったから」
院長先生の顔が、少し動いた。
「昨日の夜、院長先生とアリア姉が話してるのが聞こえた、今月の食材が底をつきそうだって、来週の食事が心配だって」
台所の方から声が聞こえていた、と言うと、アリア姉が目を閉じた。
「……聞こえてたの」
「うん」
「だから森に行ったの」
「うん、あそこに行けば食べ物になるものがある気がした」
院長先生がもう一度布の包みを見て、それから籠の中の草と木の実を見た。
「……これ、全部採ってきたの?」
「うん、食べられるものだけ持ってきた」
「どうやって見分けたの」
「……触ると、なんとなくわかる気がする、これが食べられるか、薬になるか」
院長先生とアリア姉が顔を見合わせ、カインが入口で「え、なにそれ」と言った。
「とにかく」と俺は続けた。「森の入口の手前だけにした、奥には行ってない、日が高いうちに帰ってきた、魔物も一匹だけで、ちゃんと対処した」
「対処って……」アリア姉の視線が布の包みに向かった。「まさかこれ、自分で?」
「落とし穴を作って、石で仕留めた、処理もした」
また沈黙があった。今度のは、少し長かった。カインが「……お前」とだけ言って、続きを飲み込んだ。
院長先生が目を閉じて深く息を吸った。
「レイ」
「うん」
「あなたが心配してくれたのは、わかった、嬉しかった」
「うん」
「でも、一人で森に行くのは、絶対にダメ」
「……でも」
「ダメなものはダメ」
俺は少し考えた。怒られるのはわかっていたけれど、このまま引き下がるつもりもなかった。食材の問題は解決していないし、俺が採取に行けばある程度は解決できる。感情ではなく、事実として。
「院長先生」
「なに」
「俺が採取に行けば孤児院の食材が助かる、今日だけじゃなくてこれからも、食べられるものと危ないものの区別はできる、魔物も弱いものなら対処できる」
それから、一拍おいて、これだけは言っておくことにした。理屈じゃない方の、本当の理由を。
「……俺、この家の食卓を、もっと温かくしたい。それだけなんだ」
院長先生の目が、ほんの少し、見開かれた。アリア姉も何も言わなかった。
院長先生が長い息を吐いた。
「……アリア、どう思う」
アリア姉が言った。
「正直、心配です、でも……」
アリア姉がそこで止まった。院長先生がしばらく俺を見ていてから、静かに言った。
「日が出てから行くこと、昼前に帰ること、森の入口から深く入らないこと、魔物が強そうだったらすぐ逃げること」
俺は頷いた。
「わかった」
「……もう一つ」
「うん」
「必ず誰かに行き先を言ってから行くこと」
また頷いた。
「わかった」
院長先生がもう一度息を吐いた。
「角ウサギ、今夜の夕飯にしましょう、アリア、お願いね」
「わかりました」
アリア姉が布の包みを受け取りながら俺をちらっと見た。
「よかったね」
小声で言った。怒ってる声じゃなかったけど完全に許してる声でもなかった。まあ、そういうもんか。
俺は椅子を引き寄せて残っていた麦粥を食べ始めた。
*
その日の夕飯どき、食堂の空気が、いつもと違った。
竈の前のアリア姉の周りに、湯気が立っていた。大鍋から、嗅いだことのない匂いがする。肉の脂と、薬草と、麦の匂いが混ざった、腹の底を直接つかんでくる匂いだった。
角ウサギのシチューだった。
椀が配られると、子供たちは一瞬、静かになった。汁の中に、肉が入っている。ちゃんとした大きさの肉が、ごろりと。それが自分の椀に入っているという事実を、全員が目で確かめていた。
最初に食べたのはセルだった。一口すすって、猫耳がぴんと跳ね上がった。
「————っ、おいしい!」
それが合図だった。ニナが両手で椀を抱えてすすり、ミコとルカが競争を始め、いつも静かなトーマが、一心不乱に匙を動かして、誰より先に椀を空にした。カインは「まあまあだな」と言いながら、三杯おかわりした。まあまあで三杯は食べない。
リーナが、小さく「本当に、おいしい」と言った。
俺は、自分の椀を持ったまま、しばらく食べられなかった。
湯気の向こうに、子供たちの顔が並んでいた。頬張って、笑って、おかわりの列を作って。——前世の記憶の底にあった、あの風景と、同じ形をしていた。
椀を持つ手に、力が入った。目の奥が、少しだけ熱くなって、俺は誤魔化すようにシチューをすすった。
——一口で、わかった。
肉の脂の甘みが、塩気の薄い汁に溶け出して、全体をまるく包んでいる。俺が採ってきた薬草の香りが、獣くささを消して、代わりに野の匂いを残している。噛むほどに、肉の繊維から旨味がにじみ出て、粥だけの日々で忘れかけていた「食べる」という行為の底力が、体温ごと腹の底から戻ってきた。
うまかった。それだけのことが、ずっと、こんなに遠かった。
院長先生が「ありがとう、レイ」と言うので、俺は「うん」と言った。うん、しか言えなかった。それ以上口を開くと、何が出てくるかわからなかったからだ。
第一歩だ、と思った。
湯気の立つ食卓への、最初の一歩。




