旅立ちの家族会議——反対する者、なし
春の最初の晴れた日曜、夕飯のあとの食堂で、俺は切り出した。
「話したいことがある」
食卓には、全員いた。院長先生、アリア姉、カイン、トーマ、セル、リーナ、ハナ、ニナ、ミコ、ルカ、テオ、それから新しく来た小さい子たち。ルーチェは俺の隣の、もうすっかり定位置になった椅子にいた。
俺は、四つの問いの話をした。
時空間素質のこと。ルーチェの卵のこと。転生の理由のこと。そして、リーナの本から出てきた、エルフ文字の紙のこと。アシェンには答えがないこと。北へ——王都へ、その先へ、行って探したいこと。
「だから、旅に出ようと思う。ルーチェと、ふたりで」
言い終えて、俺は食卓を見回した。
止められる覚悟は、していた。泣かれる覚悟も。七年前の雨の夜みたいに、張り詰めた沈黙が来る覚悟も。
最初に口を開いたのは、院長先生だった。
「……いつか言い出すと思ってた」
あっさりと、そう言った。
「あなた、最近、森から帰ると、必ず北の空を見るんだもの。エイベル様もそうだったわ。出ていく人間は、出ていく前から、顔でわかるのよ」
「そんなに顔に出てた?」
「出てた」と、アリア姉とリーナとセルが、声を揃えた。
張り詰める間もなかった。
*
話は、止める止めないではなく、最初から「どう送り出すか」で進んだ。
「工房の事は、もう私とトーマで回ってるから、心配いらないわ」とアリア姉。「森のことはセルがいる。月白の岩場の場所も、去年ちゃんと引き継いだでしょう」
「にいの採取ルート、ぜんぶ頭に入ってるよ」とセルが胸を叩いた。
「金は」とカインが言った。「路銀、いくら持ってく。足りなきゃ自警団の伝手で、隊商の護衛仕事を紹介できる。竜連れの護衛なんて、引く手あまただぞ」
「ルーチェのことは、外では内緒だ」
「わかってるよ。見た目はただの旅の二人組だろ。中身は化け物でも」
「化け物じゃないもん」とルーチェが頬を膨らませて、食卓が笑った。
リーナは、笑いがおさまるのを待ってから、静かに言った。
「レイ。これ、持っていって」
差し出されたのは、あのエルフ文字の紙——の、写しだった。原本はリーナの手元に。写しが二枚あって、一枚は俺に。
「私も行きたい。本当は」
リーナは、まっすぐ言った。
「でも、私はまだ、薬師の修業の途中だから。オスカルさんの店を、放り出せない。だから——もし、どこかで、エルフ文字を読める人に会えたら。エルフの、森の話を聞けたら」
「必ず、聞いてくる」
「うん。……それでね、もうひとつ。いつか私が一人前になったら、今度は私の旅に、付き合ってもらうから。予約」
「予約って?」
「予約は予約」
リーナは譲らなかった。俺は了承した。七年前、本を抱えて「私も森に行ってもいい?」と聞いてきた子の、これが七年分の成長だった。聞き方が、頼みから予約に変わった。
*
「手紙」
アリア姉が、指を一本立てた。
「月に一度。どんなに短くてもいいから。生きてる、元気だ、それだけでもいいから」
「月に一度は、届くかどうか……」
「書くのはできるでしょう。届くのが遅れるのは、許す。書かないのは、許さない」
「……はい」
ハナは「繕い物の道具、持った?」と母親みたいなことを言い、ニナは「おみやげは、きれいな石がいい」と具体的な発注をし、ミコとルカは「りゅうにのるの、ずるい」と本質から外れた抗議をした。テオは事情が半分もわかっていなかったけれど、みんなが笑っているので笑っていた。
トーマは、最後まで何も言わなかった。
ただ、会議が終わって部屋に戻るとき、すれ違いざまに、俺の肩を一度、軽く叩いた。それから自分の作業場の方を、親指で差した。何かを作る、という意味だった。何を、とは言わなかった。
*
寝る前、廊下で院長先生に呼び止められた。
「出発は、いつ頃にするの?」
「街道の雪解けが終わったら。……ひと月半後、くらい」
「そう」
院長先生は、頷いて、それから、少しだけ悪戯っぽく笑った。
「なら、それまでに、行ってらっしゃいの練習をしておくわね」
「練習?」
「ええ。泣かないで言う練習」
冗談の形をした、本気の言葉だった。
俺は何も返せなくて、ただ「おやすみなさい」とだけ言って、部屋に戻った。
カインの「とっとと行って、とっとと帰ってこい」が聞けたのは、出発の朝になってからだった。
※2026/9/22 台詞を少し修正しました(内容の変更はありません)。




