残された謎と、エルフ文字の手がかり
その夜、俺は自分の持っている「答えのない問い」を、紙に書き出してみた。
ひとつ。俺の時空間素質とは、何なのか。七年でレベルの上がった鑑定をもってしても、自分のステータスのその行だけは、いまだに【※詳細不明】のままだ。蓄積:時空間、の数値だけが、年々静かに増えていく。何が、何のために、溜まっているのか。
ふたつ。ルーチェの卵は、なぜ時のすきまを流されて、あの森に落ちたのか。エンシェントドラゴンの親は、どこにいるのか。そもそも、いるのか。
みっつ。俺は、なぜ転生したのか。なぜこの世界の、この町の、あの孤児院の前だったのか。
書き出してみて、わかった。三つの問いは、たぶん、根っこのどこかで繋がっている。そして、その根っこは、アシェンの町のどこを掘っても、出てこない。七年掘って、出てこなかった。
ここじゃない、どこか。
ルーチェの指した空が、まぶたの裏に残っていた。
*
よっつめの問いが見つかったのは、数日後だった。
工房の二階の書庫で、リーナが声を上げた。リーナは今も、暇さえあれば古い本の修繕をしている。その日直していたのは、リーナ自身の、一番古い持ち物だった。『薬草と毒草の見分け方』——七年前、食堂の隅でリーナが開いていた、あの本だ。
「レイ、これ……」
はがれかけた革表紙の、見返しの紙が浮いていた。その下に、もう一枚、薄い紙が挟まっていた。
細い、流れるような文字が、並んでいた。リーナの読む古語とも違う、もっと細く、もっと古い文字。
「読めるか?」
「ううん。でも、文字の形は知ってる。これ——エルフ文字」
リーナの声が、少しだけ揺れた。
リーナはハーフエルフだ。母親はエルフだった、ということだけ、院長先生から聞かされている。リーナを孤児院の前に残して消えた母親の、持ち物はこの本一冊。それが、ずっとリーナの「読めない一行」だった。その本の見返しの下から、母親の文字が出てきた。
「オスカルさんなら、読める?」
「……ううん。エルフ文字を読める人は、人間の町には、たぶんいない。エルフは、もう、ずっと北の森の奥にしか……」
リーナは、紙を胸に当てて、長いこと黙っていた。
それから、顔を上げた。泣いてはいなかった。リーナは七年前から、泣く代わりに調べる子だった。
「レイ。私の問いも、増えた」
「……みたいだな」
「ここじゃない、どこかに、答えがある問いが」
*
夜、川辺の岩の上で、俺はルーチェと並んで座っていた。
懐には、四つの問いを書いた紙。空には、欠けはじめの月。
「ルーチェ」
「ん」
「……行こうかな。見に」
言ってしまってから、自分の声の落ち着きに、自分で驚いた。何年も胸の底で寝かせてきた言葉は、口に出すときには、もう熟れているらしい。
ルーチェは、驚かなかった。
「うん。いこう」
「即答かよ」
「ずっとまってた」
ルーチェは、膝を抱えたまま、月を見上げた。
「わたしね、レイ。このまちも、こじいんも、だいすき。シチューも、セルも、みんなも。……でもね、よるに、そらをみると、いまでも、どこかが、よぶの。うまれるまえから、しってる、どこかが」
——竜は、己の在るべき場所を、空に探す。
七年前にリーナが書き写してくれた一文を、俺はまだ、一字も忘れていない。
「すぐには行けないぞ。準備もあるし、工房の引き継ぎもあるし、それに——」
「それに?」
「……家族に、言わないと」
七年前の俺なら、黙って夜中に発つ方法を、十通りは考えただろう。置き文を一枚残して、誰にも知られずに。
今は、その選択肢が、頭に浮かびすらしなかった。
隠さない。一人で決めない。それがこの家で、俺が七年かけて覚えた、たったひとつの、一番大事な魔法だった。
「春になったら、話す」
「うん」
ルーチェが、俺の肩に、こつんと頭を預けた。人の姿のルーチェの重さは、竜のときよりずっと軽いのに、いつも少しだけ、重く感じる。
月が、川面で揺れていた。




