七年後、俺たちは大きくなった
朝、目を覚ましたら、見慣れた天井だった。
張り替えられて、染みひとつなくなった、それでも同じ部屋の天井。隙間風はもう入らない。窓から差し込む光は、ガラス越しだ。
俺は十一歳になった。
あれから、七年が経っていた。
*
アシェン孤児院は、変わった。
建物は二度の増築で一回り大きくなって、裏手には薬草工房が建った。森で採った薬草を、洗って、乾かして、刻んで、薬屋や施療院に卸す。働くのは、大きくなった孤児院の子供たちと、町の通いの職人。院長先生が「子供が道で寝ている町に、未来はない」というエイベル様の言葉の続きを、自分で書き足した形だった。——子供が手に職を持てる家に、未来は来る。
台所を仕切るのは、今もアリア姉だ。
二十一歳になったアリア姉は、院長先生の右腕というより、もうほとんど共同経営者だった。帳簿と、工房の差配と、新しく来た小さい子たちの世話。夜中に帳簿とにらめっこする癖は変わらないけれど、その顔はもう、疲れてはいない。
「レイ、今日も森?」
「うん。月白の様子を見てくる。そろそろ植え替えの時期だから」
「気をつけてね。昼前には——」
「帰ること。わかってる」
七年言われ続けた約束は、もう体の一部だった。
*
玄関で、出荷台帳を抱えたセルとすれ違った。
十歳になったセルは、森の採取チームのエースだ。猫族の耳と鼻は、群生地の当たり年を外さない。「レイにいの教え方が良かったから」と本人は言うが、半分は生まれつきの才能だと思う。騒がしさは、変わらない。
「レイにい、東の斜面のハクハ草、今年すごいよ! 耳がぴりぴりする!」
「わかった、見とく」
工房の前では、トーマが新しい乾燥棚を組んでいた。十一歳のドワーフの手は、もう町の家具職人から弟子に欲しいと言われる腕前だ。喋らないのは相変わらずで、でも、図面を引くようになった。言葉の代わりに、線で喋る。
カインは、朝から町だ。十二歳で自警団の見習いに入って、今は商業地区の見回りをしている。「孤児院の犬って呼ばれてる」と本人は嫌そうに言うけれど、その呼び名を町の誰も悪口で使っていないことは、知っているはずだ。
リーナは、オスカルさんの店にいる。
十一歳の薬師見習い。古い言葉の文献をすらすら読むものだから、オスカルさんが「俺より物知りになってきやがった」とぼやいている。月白アズリルの特効薬の改良処方は、半分はリーナの仕事だ。
ニナは九歳になって、もう熱なんて滅多に出さない。あの冬のことは覚えていないと言う。それでいいと思う。
*
森のいつもの川辺に、俺は籠を置いた。
籠だけは、七年前と同じものを使っている。トーマが何度も底を張り替えてくれた、最初の籠だ。
「ルーチェ、着いたよ」
木陰から、金色の髪の少女が出てきた。
ルーチェは、もうほとんど一日中、人の姿でいられる。背は俺より少し低いまま、七年前の「同じ年頃」の見た目から、少しだけゆっくり育っている。竜の時間は、人の時間より、のんびり流れるらしい。
「レイ。月白、つぼみ、ついてたよ。ことしも、いっぱい」
「そうか。……天気は」
「ゆうがたまで、もつ」
竜の天気予報は、外れたことがない。
俺たちは並んで、川上へ歩き出した。あの夜、雨の空を駆けた道のりは、今はもう、慣れた仕事道だ。森の主とは、あれから何度か顔を合わせた。向こうは道を空け、こちらは縄張りの実りを採りすぎない。それだけの、静かな付き合いが続いている。
*
仕事を終えた帰り、岩場で休んでいると、ルーチェがふいに言った。
「ねえ、レイ」
「ん」
「わたしの卵が、なんで、あのもりにあったのか。……かんがえたこと、ある?」
手の中の水筒が、止まった。
考えたことは、ある。何度も。エンシェントドラゴンは、リーナの文献では「数百年、目撃の記録なし」の存在だ。その卵が、町外れの森の、落ち葉の下に、ぽつんとひとつ。親竜の影も、巣の跡もなしに。
「……ルーチェは、何か覚えてるのか?」
ルーチェは、膝を抱えて、川面を見ていた。
「ゆめみたいに、おぼえてる。卵のなかで、ながいながいあいだ、ながされてたの。くらくて、しずかで、どこでもない場所。……ときの、すきまみたいなところ」
「時の、すきま」
「うん。それで、あるとき、きゅうに『ここ』にいた。あのもりに。——そしてすぐ、あったかいまりょくが、きた」
ルーチェが、こちらを向いた。
「レイの、まりょくだった」
時空間。
俺のステータスに、ずっと書かれている言葉。極希少、とだけ注釈のついた、誰にも聞けず、何の文献にもない、俺の素質。
時のすきまを流されてきた卵が、よりにもよって、時空間の素質を持つ転生者の住む町の、森に落ちた。
偶然という言葉で、しまっておくには、座りが悪すぎた。
「……なあ、ルーチェ」
「ん?」
「答えって、どこにあると思う」
ルーチェは少し考えて、それから、空を指した。
「ここじゃない、どこか」
夕方の空は高くて、秋の雲が、北へ流れていた。
※2026/9/22 台詞を少し修正しました(内容の変更はありません)。




