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捨てられた転生者、規格外スキルで孤児院を救う〜時空間チートで始める、家族と食卓の再建記〜  作者: mizu


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うちの子

「——あなたは、ここにいて、幸せ?」


 一瞬、何を聞かれたのか、わからなかった。


 前世のことでも、スキルのことでも、ルーチェの危なさのことでもなかった。用意していた答えが、全部、行き場をなくした。


「……え」


「だって、そうでしょう」


 院長先生は、組んだ手の上に、視線を一度落とした。


「あなたは、私たちの知らない世界の記憶を持っていて、私たちに視えないものが視えて、私たちのできないことができる。……そんな子にとって、こんな小さくて、貧乏で、騒がしい家は、狭くないかしらって。ずっと、それだけが心配だったの」


「ずっと……?」


「ええ。最初に角ウサギを抱えて帰ってきた日から、ずっとよ」


 院長先生は、少しだけ笑った。


「血抜きまで済ませた獲物を抱えた四歳児を見て、何も思わない大人はいないわ。この子は、何かとても大きなものを抱えてる。いつか、それごと、ここからいなくなってしまうかもしれない。……でもね、聞かないと決めたの。あなたが自分から話してくれる日まで。それが今夜だった。それだけのこと」


 知ってたの、という言葉さえ、出てこなかった。


 俺が必死に隠してきた一年は、この人の手のひらの上で、ただ、待っていてもらった一年だった。


「だから、聞かせて。スキルの話でも、竜の話でもなくて。——レイ。あなたは、ここにいて、幸せ?」


 答えは、わかっていた。


 ずっと前から、わかっていた。薄い粥の食卓で、セルの泣き声で、トーマの渡してくれた籠で、リーナの書き写しで、アリア姉の「おかえり」で、もう何百回も、わかっていた。


 なのに、声にしようとしたら、出てこなかった。


 喉の奥が、熱くて、塞がって、視界の下の方が滲んで、——気がついたら、俺は泣いていた。


 四歳の体で。四歳の体が泣くままに。声を上げて。


 前世を思い出した夜も泣かなかった。役人に家を踏み荒らされた日も泣かなかった。雨の夜の森でも泣かなかった。その全部が、まとめて溢れた。


「…………うん」


 それだけ、言えた。


「うん。——しあわせ」


 院長先生が、席を立った。卓を回ってきて、俺の頭を、胸に抱き寄せた。粥と、薬草と、ランプの油の匂いがした。この家の匂いだった。


「なら、何も変わらないわ」


 頭の上で、声がした。


「前世があっても、なくても。スキルがあっても、なくても。何ができても、——できなくても。あなたは、うちの子よ」


 アリア姉が、鼻をすすった。


「……ずるい、院長先生。私が言おうと思ってたのに」


「あら。早い者勝ちよ」


 アリア姉は笑って、泣いて、それから俺の背中に手を当てた。


「レイ。私もひとつだけ、いい?」


「……うん」


「知ってた」


 顔を上げると、アリア姉は、いつもの台所の顔で笑っていた。


「ぜんぶじゃないけど。ずっと前から、半分くらいは、知ってた。台所で皿を拭いてくれる子が、悪いものなわけないじゃない」


*


 ルーチェは、その間ずっと、椅子の上で行儀よく待っていた。


 院長先生は、最後にルーチェの前に屈んで、目の高さを合わせた。


「ルーチェ」


「はい」


「シチューはね、明日の夜に作ります。あなたの席も、ちゃんと用意するわ。……いままで、レイを守ってくれて、ありがとう」


 ルーチェの金色の目が、まんまるになった。それから、ふにゃ、と笑って、人化が解けて、竜の姿で院長先生の胸に飛び込んだ。院長先生は、よろけもせずに受け止めた。十六人育ててきた腕は、伊達じゃなかった。


*


 子供たちには、翌日、かいつまんで伝えた。


 レイには不思議な力があること。ルーチェは、本当はとても偉い竜であること。よその人には内緒であること。


「しってた!」


 セルが真っ先に言った。絶対に知らなかったと思う。


「るーちぇ、おひめさまだったの?」とニナが聞いて、「竜です」とルーチェが律儀に訂正して、「おひめさまりゅう」で勝手に決着した。カインは「……どうりでな」とだけ言った。こいつだけは、本当に薄々知っていた気がする。トーマは黙って頷いて、それから、ルーチェの止まり木を、少し大きいものに作り替え始めた。


 何も、変わらなかった。


 いや、ひとつだけ変わった。夕飯の食卓に、椅子がひとつ増えた。金色の髪の女の子が、短い時間だけ人の姿で座って、生まれて初めてのシチューを、一匙ずつ、宝物みたいに食べた。


「……おいしい」


「でしょう」とアリア姉が言った。


*


 夜、布団の中で、俺は天井を見ていた。


 いつもの天井だった。木の板を荒く組み合わせただけの、染みだらけの天井。一年前、前世を思い出した朝に見上げていたのと、同じ天井。


 あの朝、俺は結論を出した。ここは異世界で、俺は転生者で、前世の記憶がある、それだけのことだ、と。


 今なら、続きが言える。


 ここは異世界で、俺は転生者で、前世の記憶がある。


 ——そして、家族がいる。


 それだけの、ことだ。


 腹の上でルーチェが寝返りを打って、隣でトーマが寝息を立てて、遠くの部屋からカインのいびきが聞こえた。


 俺は、笑って、目を閉じた。

※2026/7/29 一部の表記を読みやすい形に修正しました。内容の変更はありません。

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