全部、話す
ニナの熱が下がったのは、薬を飲ませた、その日の夜だった。
オスカルさんは届いた月白アズリルを見て、何も聞かずに、その場で薬の調合を始めた。手伝いの弟子も帰して、一人で、夜までかかって。出来上がった特効薬は、まずニナに、それから施療院の重い子供たちに届けられた。
三日後には、町の流行り熱は、峠を越えた。
「王都の早馬より早い仕入れ先があったとはなあ」
オスカルさんは薬研を洗いながら、わざとらしく独り言を言った。
「仕入れ先は、聞かんさ。聞かんが——いい採り方だ。根が、ひとつも傷ついてなかった」
それが、オスカルさんなりの礼だということは、わかった。
*
ニナが粥を全部食べられた日の夜、俺は約束を果たすことにした。
子供たちが寝静まった食堂に、院長先生とアリア姉が座った。卓の上にはランプがひとつ。俺はその向かいに座って、隣の椅子には、ルーチェがいた。竜の姿のまま、神妙に。
どこから話すか、ずっと考えていた。結局、一番最初からにした。
「俺は、四歳になる前に、熱を出して三日寝込んだことがある。……あのとき、思い出したんだ。前の世界の記憶を」
誰も、口を挟まなかった。
俺は、全部話した。
前世の記憶のこと。ここではない世界で、別の誰かとして生きていたらしいこと。名前も顔も思い出せないこと。ステータスという、視界に浮かぶ文字のこと。鑑定のこと。触れたものの正体がわかること。アイテムボックスと、ディメンションルームのこと。森で角ウサギを獲れた本当の理由。アズリルの花を見つけた本当の経緯。偽の通知を見抜いた夜のこと。置き文を書いたのが、俺だということ。
そして、最後に、隣の椅子を見た。
「ルーチェ」
ルーチェが、椅子の上で光に包まれて——金色の髪の女の子になった。
アリア姉が、小さく息を呑んだ。院長先生は、動かなかった。
ルーチェは椅子から降りて、二人の前に立って、覚えたての所作で、ぺこり、と頭を下げた。
「ルーチェです。……えっと、エンシェントドラゴン、です。レイが、わたしの卵を、まいにち、あたためてくれました。だから、うまれました」
言ってから、付け足した。
「シチュー、いつか、たべてみたいです」
張り詰めていた空気の、一番いい場所に、その一言は落ちた。アリア姉が、泣き笑いみたいな顔になった。
*
長い夜だった。
アリア姉は、途中から何度も目元を拭っていた。怒っているのでも、悲しんでいるのでもなかった。たぶん、答え合わせをしていたんだと思う。この一年の、ひとつひとつの「おかしなこと」と、その裏で、四歳の子供がひとりで抱えてきたものの、答え合わせを。
院長先生は、最後まで、一度も口を挟まなかった。
俺が話し終えると、食堂は、ランプの芯の鳴る音だけになった。
やがて、院長先生は、ゆっくりと背筋を伸ばした。検分の役人の前でも、領主の布告の前でも崩れなかった、あの伸ばし方だった。
「……話してくれて、ありがとう」
最初の言葉は、それだった。
「ずいぶん、長く抱えていたのね。重かったでしょう?」
「……ううん」
嘘だった。重かった。でも、その重さごと、この人たちに肯定された気がして、喉の奥が詰まった。
院長先生は、卓の上で手を組んで、それから言った。
「レイ。一つだけ、聞かせて」
来る、と思った。
前世のことか。スキルの仕組みか。ルーチェの正体の、本当の危なさか。何を聞かれても全部答える、と決めて、俺は顔を上げた。
「うん」
院長先生は、ランプの灯りの向こうで、まっすぐに俺を見ていた。
そして、聞いた。
「——あなたは、ここにいて、幸せ?」
※2026/9/21 台詞を少し修正しました(内容の変更はありません)。




