悪徳領主、失脚す
決着は、思っていたより呆気なく来た。
ヴェルナーが奥の帳簿を押さえてから十日後、王都から正式な召喚状が届いた。ガルド子爵——この町の領主は、横領と公文書偽造の疑いで、王都へ出頭を命じられた。
逃げるとか、開き直るとか、そういう劇的なことは何も起きなかった。子爵は王都へ発ち、戻ってこなかった。後から聞いた話では、王都の屋敷も財産も差し押さえられて、爵位は返上。着服した補助金は、三年分、利子をつけて町へ返還されることが決まったらしい。
布告一枚で始まったことが、書類の束で終わった。
院長先生の言っていた通りだった。正しさは、声の大きさじゃない。帳面の正確さだ。
*
町が変わっていくのを、俺は数日かけて、子供の目の高さから見た。
まず、買付所が閉じた。扉に板が打ち付けられて、領主の紋が外された。外す作業をしていた職人が、紋を地面に置くとき、ほんの少しだけ手荒だったのを、通りがかりの大人たちが見て見ぬふりで笑っていた。
次に、市場の値段が戻った。
オスカルさんの店には「薬草買います」の札が戻り、初日の朝から行列ができた。皆、買付所を通せなくて家で腐らせかけていた薬草を、抱えて持ってきたのだ。オスカルさんは全部に値をつけた。相場より、少しだけ高く。
「爺さん、いいのか、そんな値で」
「うるせえ。開店祝いだ」
ベックさんの店には、衛兵の詰所から改めて注文が来た。前の倍の量を、ちゃんとした値段で。ベックさんは「現金なもんだ」と鼻を鳴らして、それでも断らなかった。納める肉に、いつもより良い部位を混ぜているのを、俺は見た。
夕方の大通りには、誰かが酒樽を出して、なし崩しの宴が始まっていた。笛の音がして、手拍子が重なって、知らない大人同士が肩を組んでいた。
俺はその輪の、少し外にいた。
肩の上で、ルーチェが祭りの灯りを目で追っていた。それから俺の頬に頭をすり寄せて、きゅう、と鳴いた。頭に流れてきた感情は、はっきりと、やったね、だった。
「……俺は何もしてない」
声に出して言ってみた。
「ということに、なってる」
ルーチェが、きゅるる、と喉を鳴らした。竜の笑い方だと、最近わかってきた音だった。
手柄は、ヴェルナーのものだ。あるいは、勇気を出して証拠を集めた、名もない町の人たちのもの。それでいい。それがいい。俺の取り分は、最初から決まっている。家族の食卓と、薄くない粥。それだけだ。
*
孤児院に、一通の通知が届いたのは、その週の終わりだった。
王国の正規の印が押された、本物の通知。院長先生は封を切って、読んで、しばらく動かなかった。アリア姉が横から覗き込んで、口元を手で覆った。
「『福祉交付金の支給再開について』——」
院長先生が、声に出して読み上げた。
「『調査の結果、貴施設への交付が不当に停止されていた事実が確認された。次月より支給を再開し、未払い分については順次返還する』……」
食堂が、しん、とした。
子供たちは意味がわかっていなかった。でも、院長先生の手が震えているのと、アリア姉が泣きそうなのと、それがたぶん良いことなのだとは、全員がわかった。
最初に動いたのはセルで、「ばんざい?」と聞いた。
アリア姉が笑って、「ばんざい」と答えた。
食堂が、ばんざいの声で埋まった。ニナが意味もわからず一番大きな声を出して、ルーチェが釣られて天井近くまで飛び上がって、トーマが珍しく声を出して笑っていた。
院長先生は通知を胸に当てて、目を閉じていた。
唇だけが、小さく動いていた。声にはならなかったけれど、誰に宛てた言葉なのかは、俺にはわかる気がした。
*
夜、布団の中で、俺はステータスを開いた。
【レイ 4歳 人族】
HP:16/16 MP:11/31 Lv:3
素質:時空間(極希少)
蓄積:時空間・小
スキル:鑑定Lv2 アイテムボックスLv1 ディメンションルームLv1
固有称号:転生者
従魔:エンシェントドラゴン(幼体)
鑑定が、Lv2になっていた。
いつ上がったのかは、わからない。偽造文書を見抜いた夜か、買付所を調べ続けた夜か。スキルは、使い込んだ分だけ育つらしい。
レベルの上がった鑑定で、何が変わるのかは、まだ試していない。
でも、ひとつだけ、すぐに確かめたいことがあった。
俺は腹の上のルーチェに、そっと鑑定をかけた。
【エンシェントドラゴン(幼体)】
状態:健康・成長期
従魔契約:レイ
人化:条件未達
※鑑定Lv不足のため詳細不明
——人化。
見たことのない一行が、そこにあった。




