夜の倉庫と、匿名の告発状
大人たちの調べは、ゆっくりと進んだ。
アリア姉は施療院と救貧院を回って、同じ「打ち切り通知」を受け取った施設が三つあることを確かめた。文面はどれもほとんど同じで、写しを取らせてもらえた。オスカルさんは買付所への出入りで、帳簿が二種類あるらしいという話を、買付所の下働きの愚痴から拾ってきた。表の帳簿と、奥の部屋にしか置かれない帳簿。
ベックさんは衛兵の詰所で、もっと単純なことを聞いてきた。
「月に二回、夜中に、買付所から荷馬車が出る。行き先は王都方面。護衛は領主の私兵で、衛兵は関わるなと言われてるそうだ」
夜中に出る荷馬車。表の商いなら、夜中に出る理由がない。
少しずつ、絵が見えてきていた。でも、オスカルさんの言う「動かぬ証拠」には、まだ遠かった。通知の写しは「変だ」とは言えても「偽物だ」とは言えない。二種類の帳簿は、噂のままでは何の力もない。
だから、ここからは、俺の番だった。
*
誰にも言わずに動くことについては、ずいぶん悩んだ。
院長先生の「子供は寝る時間まで」を破ることになる。アリア姉との「無理だけはしないで」にも、たぶん触れる。
でも、大人たちには決定的にできないことがある。夜の町を、誰にも見られずに動くことだ。大人が買付所の周りをうろつけば、それだけで疑われる。捕まれば、店も、家族も、まとめて潰される。
俺なら。四歳の体と、鑑定と、アイテムボックスと——ルーチェがいれば。
「ルーチェ。夜、少しだけ付き合ってくれるか?」
ルーチェは、きゅ、と短く鳴いた。頭に流れてきた感情は、まかせて、だった。
*
月のない夜を選んだ。
布団を抜け出して、窓から外へ。ルーチェは生まれてから半年近くで、もう猫くらいの大きさになっている。俺一人を背に乗せるのは無理だけれど、屋根の上への往復くらいなら、爪と翼でなんとでもなった。
買付所の建物は、夜の中で黒い塊だった。
俺は向かいの屋根の陰から、鑑定をかけ続けた。建物そのもの。出入口の錠。窓の格子。歩哨の私兵が二人。鑑定は物の情報しかくれないけれど、それで十分だった。【錠前(領主の館規格・複製鍵あり)】【格子(留め具の腐食・西側二本)】。建物は、自分の弱いところを正直に教えてくれる。
そして、夜半過ぎ。
ベックさんの言った通り、荷馬車が来た。
私兵が四人、提灯も持たずに荷を積み込んでいく。樽と、木箱。俺は屋根の上から、鑑定だけを飛ばした。
【穀物樽(中身:銀貨・革袋詰め)】
穀物樽の中身が、銀貨。
ルーチェが、音もなく夜空に上がった。猫サイズの金色は、星明かりだけの夜には、ただの鳥にしか見えない。荷馬車が町を出て、王都街道を北へ向かうところまで見届けて、戻ってきた。頭に流れてきたのは、街道の絵と、馬車の振動と、北、という方向の感覚だった。
月に二回、夜中に、銀貨の詰まった「穀物樽」が王都方面へ。
行き先まではわからない。でも、十分だった。
*
もうひとつ、確かめたいことがあった。
数日後、アリア姉が施療院から借りてきた「打ち切り通知」の原本が、一晩だけ孤児院にあった。施療院長が「うちのも調べてほしい」と貸してくれたものだ。
夜、みんなが寝たあと、俺はその紙に鑑定をかけた。
【通知書(偽造)】
作成:領主館文書室
印章:複製印による押印
※鑑定Lv不足のため詳細不明
——偽造。
はっきりと、そう出た。
王国の名前で出されたはずの通知が、領主館の文書室で作られている。押されている王国の印は、複製の印。つまりこの紙は、王国が出したものじゃない。領主の館が、王国のふりをして作ったものだ。
俺は、長いこと、その三文字を見ていた。
怒りより先に、奇妙な静けさが来た。ああ、やっぱり、という静けさだった。薄い粥も、アリア姉の夜中の帳簿も、院長先生の疲れた声も、全部、この紙切れ一枚の上に乗っていた。
問題は、ここからだった。
俺の鑑定は、証拠にならない。「四歳の子供が、見ただけでわかりました」——誰が信じる。信じられたら、もっとまずい。
だから、俺の知ったことは、大人たちが「自分で見つけられる形」にして、渡さなければいけない。
*
翌朝、オスカルさんの店の戸の隙間に、一通の置き文が挟まっていた。
差出人の名はない。文字は、わざと固く、大人びた手で書いた。中身は三つ。
——通知書の印章を、王都の正規の印と引き比べられたし。
——買付所の「穀物樽」、中身を検められたし。
——月に二回、闇夜に北へ出る荷馬車あり。次は六日後。
書ける情報だけを書いた。鑑定のことも、ルーチェのことも、どこにも残さない。
俺の名前は、どこにも残さない。残しちゃいけない。
手柄のためにやっているんじゃない。家族の食卓のためにやっている。それなら、名前なんて最初からいらなかった。
その夜、オスカルさんの店の灯りは、いつもよりずっと遅くまで点いていたらしい。
※2026/9/20 台詞を少し修正しました(内容の変更はありません)。




