横暴な役人と、帳簿の違和感
役人が孤児院に来たのは、布告から十日ほど経った朝だった。
二人組だった。一人は中年の、書類鞄を抱えた小役人。もう一人は若くて、終始つまらなそうな顔をしていた。検分だ、と中年の方が言った。領内の福祉施設の実態調査、というのが名目だった。
「子供の数は」
「十六人です」
院長先生が答えた。玄関先で、姿勢ひとつ崩さずに。
「全員、ここに住んでいるのか。書類の上だけの数ではなく?」
その聞き方に、俺は廊下の陰で、かちんと来た。書類の上だけの数、というのはつまり、いもしない子供の数をでっち上げて、支援を多く受け取っているんじゃないか、という意味だ。
「どうぞ、お確かめください」
院長先生は声色ひとつ変えなかった。
役人たちは靴のまま上がり込んで、部屋をひとつずつ見て回った。子供たちは食堂に集められて、頭数を数えられた。一人ずつ、指をさされて。
ニナが怯えてハナの後ろに隠れ、ミコが泣きそうになり、セルの猫耳が警戒で真横に倒れた。カインは壁際に立って、若い方の役人をずっと睨んでいた。狼耳がぴたりと伏せられているのは、眠いからじゃなかった。
俺は、廊下の物陰で、腕の中のルーチェを必死に抑えていた。
ルーチェは、役人が玄関をくぐった瞬間から、喉の奥で低く唸り続けていた。きゅう、でも、きゅるる、でもない。今まで聞いたことのない、ごろごろという石臼みたいな音。頭に流れてくる感情は、はっきりと、てき、という色をしていた。
「だめだ。静かに」
小声で言い聞かせる。ルーチェは唸りを止めたけれど、目は廊下の先を睨んだままだった。竜の目は、たぶん俺たちより、ずっと正確に物事を見ている。
*
検分は、台帳に一番時間がかかった。
食堂のテーブルに帳簿を広げさせて、中年の役人が一枚ずつめくっていく。アリア姉が横に立って、聞かれたことに答えていた。
「この、薬草売却の収入というのは」
「子供たちが森で採取したものです。これまでは薬屋に直接。今後は買付所を通します」
「ふむ。……支援金の受け取りは、この帳面の通りか。これで全部だな?」
「はい」
「王国からの補助は」
「三年前に打ち切られたと、通知を受けております」
役人の手が、ほんの一瞬、止まった。
「……そうか。通知、ね」
めくる速さが、そこから少しだけ速くなった。確かめるというより、早く閉じたがっているような速さだった。
検分は昼前に終わった。役人たちは「追って沙汰があれば連絡する」とだけ言って、帰っていった。何の沙汰なのかは、言わなかった。
*
役人が帰ったあとの孤児院は、しばらく静かだった。
ニナがぐずって、院長先生に長いこと抱っこされていた。セルはルーチェを抱きしめて床に座り込んでいて、ルーチェは大人しくされるがままになっていた。たぶん、どっちがどっちを慰めているのか、本人たちにもわかっていなかったと思う。
夕方になって、ようやくいつもの騒がしさが戻ってきた。子供は、立ち直りが早い。
戻らなかったのは、アリア姉だった。
*
夜、台所で、アリア姉は帳簿を広げたまま、手を動かしていなかった。
「アリア姉」
「……ああ、レイ。ごめんなさい、お茶でも飲む?」
「ううん。……どうしたの?」
アリア姉はしばらく黙って、それから、帳簿の上に視線を落としたまま言った。
「今日の役人ね。帳簿のことは、ほとんど聞かなかったの。収入も、支出も、ろくに見てない。なのに」
指が、帳面の一点を叩いた。
「王国の補助のところだけ、聞いてきた。打ち切られたんだな、通知を受けたんだな、って。……二回も」
「二回」
「ええ。同じことを、言い方を変えて二回。まるで——」
アリア姉はそこで言葉を切って、首を振った。
「……ううん。なんでもない。考えすぎね」
「まるで、何?」
俺が聞くと、アリア姉は少しためらってから、声を落とした。
「まるで、こっちが本当に『打ち切られた』と思ってるかどうかを、確かめに来たみたいだった」
台所のランプが、じじ、と小さく鳴った。
「ねえレイ。……補助金って、本当に打ち切られたのかしら?」
アリア姉は俺に聞いたというより、自分に聞いていた。俺は答えを持っていなかった。でも、あの夜から頭の中でごろごろしていた座りの悪い石が、また少し、転がった。
領主が代替わりした最初の年の、打ち切り通知。
帳簿を見ずに、通知のことだけ二回確かめる役人。
まだ、何もわからない。何も繋がっていない。
でも、調べる価値は、ある気がした。
※2026/9/19 台詞を少し修正しました(内容の変更はありません)。




