4話
翌日。
目が覚めた瞬間、私は布団の中で頭を抱えた。
「うわぁぁぁぁ……」
昨日の出来事が鮮明に頭の中を流れていく。
『美味しい。しずくの味がするね』
『しずくって、案外ちょろいんですね』
『ペットさん』
無理。
思い出しただけで死ぬ。
今日学校休んでもいいかなぁ!?
ダメですよねそうですよね。
「しずくそろそろ起きて、学校に行くわよ」
「……はーい」
もうそんな時間なの?
時の流れって残酷なんだな。
いつも通り姉の車に乗って、学校に向かう。
ちなみに朝ご飯はお腹が痛くなるからいつも食べていない。
学校に着いてからも、なんだか落ち着かなかった。
教室に入ればいつも通り歓声が上がるし、挨拶を返せばみんな嬉しそうにする。
いつもは家に帰ることしか考えていないのに、今日はずっと別のことを考えてしまう。
『また明日も、お昼にここで待っていますから』
「うぅ……」
思い出してしまった。
机にゴンっと額を当てる。
「しずく様!?」
「大丈夫ですか!?」
違います。
ちょっと心臓が爆発しただけです。
時計を見る。
まだ一時間目の途中だった。
噓でしょ!?
このままだとダメだ。
私のイメージが崩れてしまう。
そうだ、無になろう。
何も考えなければいいんだ。
黒板と先生の声だけに集中しよう。
「しずく様いきなり凛々しくなったわ」
「少し眠かっただけなのかな」
ひそひそと聞こえてくる声も、聞こえない聞こえない。
二時間目も三時間目も集中――できるはずなくて。
昨日のことが脳裏にフラッシュバックする。
そのたびに頭を振るもんだから、クラスメイトだけじゃなくて先生にまで心配される始末だ。
時計を見ると、もう少しで12時。
別に昼休みが楽しみなわけじゃない。
約束したから行くだけだ。
……でも、昨日みたいに頭を撫でられたら、ちょっと困るかもしれない。
――――――――――
キーンコーンカーンコーン。
来た。
私はいつものようにパンを持って旧校舎に向かう。
いつもの教室、ドアの前。
深呼吸をして開けるとひまりがいた。
今日も机を向かい合わせにしてくれている。
ほとんど使われていない教室なのに、律儀なものだな。
「今日もちゃんと来られてえらいですね」
えらい?
これはえらいと言うのか?
「約束はちゃんと守んなきゃだし……」
「ふふ、じゃあ今日も一緒に食べましょうね」
もそもそとパンを食べていると、今日も目の前に卵焼きを出される。
食べる。
またご飯を出されて食べるを繰り返した。
二人で静かにご飯を食べる。
昨日はあんなに緊張していたのに、不思議と今日は少しだけ落ち着いていた。
もちろん、食べさせられるのは慣れてはいないし、名前を呼ばれるだけで変な声が出そうになる。
でも昨日と同じで、教室にいるときみたいな息苦しさはない。
窓の外から吹いた風が、カーテンを揺らした。
「……ここは、静かでいい場所ですね」
ひまりがぽつりと言った。
「わかる。落ち着くよね」
そう返事してから驚いた。
何も考えずに普通に会話をしたのっていつぶりだろう。
たったの一言だけど、自然に言葉が出た気がする。
私達って出会ってまだ二日目だよね?
昨日が初対面だよね?
「しずくって、ちゃんと喋れるんですね」
「失礼じゃない!?」
そりゃあ、どもったりするけどダメですか!?
「昨日は今日より瀕死だった気がします。まだ二日目なのにもうあーんに慣れちゃったんですか?」
「慣れてないけどね!?」
だって拒否したって無駄だろうし。
そもそも私弱み握られているし。
「ふーん」
ひまりがにやりと笑った。
あ、これなにか悪いことでも企んでそうな顔な気がする。
「じゃあ昨日みたいにそのパン食べさせてください」
「え」
昨日みたいに?
唇が指に当たったやつ?
「ちゃんとわたしに向かって、あーんって言って食べさせてくださいね」
「そ、それはちょっと難易度高くない?」
「昨日は食べさせてくれたじゃないですか」
不満そうにひまりの頬が膨らむ。
あ、可愛い――じゃなくって!
「き、昨日は不意打ちだったじゃん!」
「ほーら、はやくっ」
なんでそんなに楽しそうなんだ。
「しずくはわたしのペットなんだから、ちゃんと言うこと聞いてください」
……うっ。
そうだよね、そういう条件だもんね。
私は意を決してパンを差し出す。
――が、ひまりは一向に食べようとはしない。
やっぱり言わなきゃダメかな?
「あ、あーん」
そう言うと、満足そうにパンをかじった。
昨日より一口が小さいんだけど、もしかしてあれわざとだったりする?
「ふふ」
「な、なに?」
「ちゃんと言えるじゃないですか」
ひまりはそう言って、わざとゆっくり私の指を見た。
「昨日よりずっとペットっぽいですね」
「っ……!」
絶対わざとだ。
昨日のことを思い出させようとしている。
「顔赤い」
「赤くない!」
そう言うと、ひまりの目が細くなった。
「指に砂糖ついてますよ、舐めてあげましょうか?」
「……へ!?」
舐める?
何を?え、指を?
困惑している間に、目の前の机にいたひまりが気付いたら隣にいた。
そのまま私の手を取って、顔を近付けてくる。
え、本当に舐められるの?
距離感おかしいんじゃない!?
指先に息がかかる。
心臓が痛い。
このまま見続けていたら頭がおかしくなりそうで、目をつぶる。
少し湿った感触を指先に感じた。
丁寧に、砂糖一つ一つを綺麗にするように。
……でも、あれ?
舌にしてはなんか変な感じが――。
「ふふ」
嬉しそうな声がして目を開けると、ひまりがウェットティッシュで私の指を拭いていた。
は?
さっきまで痛かった心臓が、別の意味でまた痛くなる。
「だまされた」
「ひっ……!」
思わず耳を抑える。
耳元で囁かれて、私って耳が弱いんだなって思った。




