3話
動悸が止まらない。
いつもなら眠くなる国語の授業も、今日はずっと目が覚めたままだ。
時計を見ると時刻は12時少し前。
もう少しで昼休みの時間だ。
今日の午前の授業はずっと集中できなかった。
先生が何を言っていたのかさえもあまり覚えていない。
覚えているのは、珍しくギリギリに教室に入った私に動揺するクラスメイトと、当てられた数学の問題に答えられなくて動揺する教師の顔だけだ。
キーンコーンカーンコーン。
ああ、チャイムが鳴ってしまった。
私が行く場所って戦場だったっけ?
「しずく様体調わるいのかしら」
「でもちょっとけだるげなのも最高じゃない?」
「わかる……儚くていい……」
やめて。
勝手に解釈しないで。
っていうかあなたたち半年も一緒のクラスだよね?
そろそろ私に慣れてくれないかな。
ペットかぁ。
このまま旧校舎に行ったら何されるのかな。
いっそのこと逃げたほうが良いのでは?
今日だけ体調不良ってことにしたら許されるかな。
『ちゃんと来ないとだめですからね?』
今朝の言葉が頭に蘇る。
そうだよね、約束したんだし行かないとダメだよね。
気合を入れて立ち上がる。
「しずく様、今日も一人でご飯を食べるのかしら」
「昼休みは一人の時間を大切にしているみたいだしね」
違います。
ただのコミュ障です。
廊下を歩いて旧校舎に向かう。
外に出てすぐ、目的の場所についた。
よし。
私はやればできる子だ。
ペットぐらいどんとこいってもんだよ。
「遅いです」
「ひっ……!」
ドアの前で改めて気合を入れていると、いきなり開いて情けない声が出てしまった。
「早く中に入ってください」
「うん」
中に入ると、2つの机が向かい合わせになっていて、お弁当箱が置かれていた。
私も持っていたパンを置いて椅子に座る。
「お昼ご飯それだけなんですか?」
「うん。そんなにお腹すかないし」
嘘。
足りないけど毎日胃がキリキリして食べられないだけだ。
沈黙が怖い。
何か話したほうがいいのかな。
「はい、あーん」
「え」
「ペットなので」
顔をあげると、目の前に卵焼きがあった。
これって所謂あーんってやつなのでは?
「ほら早く」
意を決して卵焼きを食べる。
甘くて美味しい。
お寿司屋さんに出てくる卵の味に似ている。
「感想はないんですか?」
「甘くて美味しかった」
「なら良いです。次はこれをどうぞ」
ひまりは満足そうな顔をすると、次々とご飯を差し出してきた。
「ま、待って。これじゃひまりのご飯がなくなっちゃうよ?」
「ならしずくのそのパンをください」
「え、でも食べかけだし……」
「いいから早く」
パンを渡そうとすると、ひまりはそのままかぶりついてきた。
この子一口でかくない?
っていうか唇が指に当たった気がする。
「美味しい。しずくの味がするね」
「なっ……!」
全身が熱くなる。
なんていうことを言うんだこの子は。
羞恥心というものが足りていないのでは?
「ひまり……」
「なんですか?」
「私のHPはもうゼロなのでやめてもらってもいいですか?」
「ふふ、この辺で許してあげますね」
「ありがとう……」
2人でもくもくとご飯を食べる。
気付けば、教室にいるときみたいな胃の痛みは少しだけ消えていた。
少ししてお互いが完食する。
この後はどうするのだろうか。
ひまりがお弁当箱を片付けているのを眺める。
仕草までかわいい。
ずるい。
「しずく」
「な、なに?」
「ちゃんとご飯食べられてえらいですね」
「へ?」
ひまりはそう言って、私の頭を軽く撫でる。
不思議と嫌ではなかった。
安心とまではいかないけど、心が軽くなった気がする。
「いつもパンばかり食べているんですか?」
「うん。さっきも言ったけどあまりお腹が空かなくて」
「しずくはわたしのペットなんだから、正直に言ってください」
正直に?
言ってもいいのかな。
失望されないかな。
いやでも、すでに私やらかしてるからいいや。
「本当はお腹が痛くなるだけ。登校するときも、教室にいるときも廊下を歩いているときもずっと目線があるから」
私、何言ってるんだろう。
頭を撫でられたから?
「……そっか」
ひまりの手が、もう一度ゆっくり私の頭を撫でた。
「しずく、頑張ってたんですね」
「うん、そう」
HPが回復していく音がする。
頭を撫でられるたびに痛みが和らいでいく。
ペットってこんなに甘やかされるものなの?
私、一生ペットでもいいかも。
「へぇ」
「……え?」
顔を上げると、ひまりがにやにやしていた。
「今、一生って言いましたよね?」
「っ!?」
声に出てた!?
「わたし達出会ってから数時間しか経っていないですよ?しずくって、案外ちょろいんですね」
な……!
まぁ、確かにちょろすぎかもしれないけれどさぁ!
キーンコーンカーンコーン。
予鈴の音が、静かな教室に響いた。
「あ……」
思わず声が漏れる。
もう昼休みが終わるの?
いつもは永遠に感じるような長さなのに。
この部屋だけ時の流れがおかしいとかないよね?
「ほら、戻りますよ。ペットさん」
耳元で囁かれる。
顔に似て良い声をしているんだからやめてほしい。
半分まで回復したHPが、もう瀕死寸前になっている。
「また明日も、お昼にここで待っていますから」
「は、はい」
やっぱり私は、とんでもない子に捕まってしまったのかもしれない。




