2話
「……へ?」
間の抜けた声が出た。
ペット?
今、この子ペットって言った?
いや待って、聞き間違いだ。
こんなかわいい女の子からペットになってっていうワード出てくるか?
出てこないよね。
きっとそうだ。
最近のストレスで耳までおかしく――。
「ペットです」
改めて言われた!?
「え、えっと……犬とか猫みたいな……?」
「はい」
「首輪とかつけるやつ……?」
「先輩つけたいんですか?」
「違う!!!!!」
なんなんだこの子怖い!
ペットってなに?私の知らない用語がこの女子高に存在している……?
「それで、ペットになってくれるんですか?」
「待って待って待って。そもそも私たち初対面だし、あなたの名前も知らないし」
そういう問題か?これ。
「わたしは1年2組の佐倉ひまりです」
「あ、どうも。私は2年2組の白石しずくです」
「よろしくお願いします」
「あ、はい、こちらこそ?」
どういう状況なんだ今。
っていうか名前までお姫様っぽいな。
かわいい子は名前まで可愛いんだ。
背もちっちゃいし私もこうなりたかった。
「それで、なんでペットなの……?」
「なんとなくです」
なんとなく!?
私なんとなくでペットになるの!?
何されるのかな……。
自販機でジュースでも買って来いって言われる系のぺっとになっちゃうのかな……。
「だって先輩、みんなの前だとかっこいいのに」
女の子――ひまりは私の目をじっと見た。
「ここだと全然違うじゃないですか」
「うっ」
「普段はずっときりっとしているのに、いまは溶けてますよ」
溶けてる!?
そうか、私溶けてるのか。
液体になるから水道に流してくれないかな……。
「わたしだけが知ってる先輩って感じがしていいなって」
この子大丈夫か?
「だからペット」
「説明になってないよ!?」
ひまりはくすくす笑いながら、近づいてきた。
距離、近い。
目をそらしたいのにそらせない。
ぱっちりとした瞳に私が映る。
この子、不思議な目の色だな。
青にも茶色にも見える。
「先輩」
ひまりが小さく笑う。
「ほんとにかわいいですね」
「……は?」
かわいい?
今この子、私にかわいいって言った?
女子高のお姫様ランキングが上位の子がこの私に?
かわいいのはあなたですよ、はい。
「あ、あの」
「なんですか?」
「ちょっと心臓が限界なので離れてもらってもいいかな……」
だってこんな距離で女の子と話したことないんだもん!
少し体を傾ければキスできちゃうよ!?
「ふふ、顔真っ赤」
そう言うと顔を近づけてきた。
え、なに、本当にキスされるの私?
「痛い!」
おでこがジンジンする。
今私デコピンされた!?
びっくりしてひまりを見ると、意地悪そうな顔で私を見ていた。
「今、キスされるかと思いました?」
「……思ってない」
初対面なのに距離感バグってない?
普通の人ってこういうものなのかな。
「で、どうするんですか?」
「へ?」
「ペット」
ひまりは当然みたいに言う。
ペット、ペット、ペット。
頭の中で何度も同じ言葉を反芻する。
この子のペットになったら、私は一体なにをされるんだろう。
でも、私の秘密を守るには従うしかなさそうだし。
友達という友達はできなかったけれど、せっかくこの2年間いじめられずにすんでいるのに。
ここで断ったらきっと女の子たちから陰でひそひそ言われるんだ。
そうだいっそのこと引きこもろう、私って天才なのでは……?
「もちろん断らないですよね?」
「あの、……はい」
「ふふ、じゃあ今日から先輩は私のペットですね」
「そ、そうですね」
なんで嬉しそうなんだこの子は。
「じゃあ、ペットとしての条件なんですけれど」
「条件!?いや、そうか、条件ありますよね、はい」
心臓がどきどきする。
今から何を言われるんだろう。
「そんなに怖いことは言わないから安心してください」
「ほ、本当?」
「はい」
なら安心だ――って安心していいのかこれ。
「条件その1、毎日ここに来てください。朝はあまり時間がないので昼休みなんてどうですか?」
「え、でもひまりさんは友達とご飯――」
「でもはいりません」
ひまりはあっさりと言った。
「これは条件なんですよ?ペットならペットらしく『はい』って返事してください」
「は、はい」
うん、怖い。
私より小さいのに迫力が違う。
違う意味でドキドキしちゃうよ!
「条件その2、わたしのことはひまりって呼ぶこと。代わりにわたしも先輩のことをしずくって呼びますから」
「あ、はい」
「じゃあ、これで契約成立ですね」
ひまりは満足そうに笑った。
「しずく」
名前を呼ばれて、心臓が跳ねる。
家族以外の人から呼び捨てされるなんて初めてだ。
ちなみに学校の女の子たちからは、王子様とかしずく様と呼ばれている。
しずく様って何?
「ふふ、そうやってすぐ違うこと考えるの良くないですよ?わたしといるときはわたしだけのことを考えてください」
「わ、わかった」
心臓が痛い。
口から飛び出てきそうだ。
お互いじっと見つめあっていると、予鈴のチャイムが鳴った。
「じゃあまたお昼休みにここで。しずく、ちゃんと来ないとだめですからね?」
「わ、分かってるよ。ちゃんと来るからもうちょっと離れて、あと先に教室に戻って」
「ふふ、かわいい。それじゃあわたしは行きますね」
「うん」
扉が閉まる。
早く教室に戻らないといけないのに、足が動かない。
きっと私の顔はひどいことになっている。
自分でもわかるぐらい熱い。
たぶん私は、とんでもない子に捕まったんだ。




