第10話 独り立ち
◆◆◆第10話 独り立ち◆◆◆
何でも屋エーリヒが来ると、俺は母親が昨晩倒れた事を伝えた。
2階の居間から室内の階段を降りて1階部分の寝室兼お風呂、トイレがある階層へと降りる。
「マクダレーナ様!」
寝室に入るとエーリヒが大声をあげる。
だが、弱々しいながらもマクダレーナは声をあげた。
「大丈夫よ……少し疲れただけだから」
俺に確認を取るようにエーリヒが俺を振り返った。
「疲れはあったんだろう。だが母はもう50歳だ。加齢もあるし、この日光も当たらない離宮だ。骨がもろくなっているんだろう、ビタミンD不足だな。魚などをよくあげてくれ、それと日光浴だ。もちろん良くなったらだからな」
頭に?マークでも浮かんでいるんだろうが、別に命に係わる事では無いと思っていた。
要は加齢と心身の疲れ、運動不足による代謝の低下からくる食欲の低下と栄養不足。そしてかるいうつ病を発症しているんだろうな。
何かとブラックだった前世の会社で、同じように悩んでおかしくなる同僚が居た事を思いだす。
マミーはエリーザベトと言う第一王女が亡くなってから少しふさぎ込む事が増えていたのも事実。
立て続けに自分の子供が死ぬのだ。大丈夫ではないだろう。だが、俺もそろそろ5歳を迎える歳になる。
色々と尽くしてくれたマミーには感謝しかない。飯だけ与えられていたら、性格もひねくれ、言葉もしゃべらず、もちろん文字なんかも分からないサルみたいな人間になっていただろう。
少しあの豊満な胸と離れるのは嫌なのだが、これも俺が魔王を倒す試練だと思っている。
そしたら綺麗な女性とパーティーでも組んで、世界平和を築きあげるんだ。
俺は騎士の背中に背負われ、下で待機していた馬車に乗せられるマミーを見送ると、静かに離宮を離れていく母親を見送った。
「いっちゃったわね」
「ああ…………ってなんでお姉たんがいるんだよー!」
1mちょっとまで高くなった身長よりも30cmは高い位置から見下ろして来るマリア。
ウェーブが掛かった金髪ロン毛に、青い目。俺と似ている感じなのだが、その美貌は母をも凌ぐお人形さんのようにメッチャ可愛くなっていた。
「今度からはお姉ちゃんがレオを守ってあげるからね」
「お、俺だって強いんだぞ!」
「はいはい、クッキー食べる?」
「食べる……」
「じゃあ紅茶用意して。私はクッキーを出すから」
小さいテーブルに座るとポケットから白いナプキンに包まれたお菓子を出して優雅に窓の外を眺めるお姉たん。
その出来過ぎた絵画のような構図を横目で見ながら、俺は魔法の水をケトルに出し、魔石コンロに火の魔石をセットし、お湯を沸かし始める。紅茶ポットに茶葉を入れ、ティーセットを出して湯が湧くのを待つ。
「お砂糖はたっぷりね、ミルクが無いのは知ってるからいらないわよ」
「はい、お姉たん」
お姉は人使いが荒い。でもとても弟思いだった、凄い甘党だが。
ティーカップに砂糖を5杯スプーンで入れてやる。執事カフェがあったら俺はナンバーワン執事に成れる気がする。
熱々のお湯をティーポットに入れ香りが立ち込めるのを待つ。
「あのねレオ、ここだけの秘密なんだけど」
「なーに?お姉たん」
「私ダイア様から加護を貰ったの」
「へ?」
「回復の魔法だって」
「す、すげえじゃん!」
「でも、いらないって言ったわ」
「は?」
何を言っているんだ、うちの姉は。
「あのお母さんよりもおっきいおっぱいを代わりにくださいって言ったの」
「な、何でだよ」
それはとても良い事だけど、それよりも魔法だろ!
「だってレオって、お母さんの胸ばかりみてるんだもん」
うげっ
「み、見てねえって」
「見てるわ。女の眼を騙せるとでも?」
「ご、ごめんなさい」
「あんなに私のおっぱいを吸ってくれたのに……もうレオは忘れちゃったのね」
ちげえって。自分から母乳を上げると言って何も無い胸を強引に吸わせたんだろ。
「ま、まだ赤ちゃんだったから」
「安心して、ダイア様はおっぱいは心配しなくてもお母さんよりも大きくなるって言ったわ」
「マジですか。すっげーなダイア様」
「だから回復魔法も貰ったの……何か言う事は?」
「お、おめでとうございますお姉たん」
「ありがとう」
俺は茶葉が開いて芳醇な香りが立ち込める紅茶をティーカップに注いだ。
そのカップをお姉たんの前に差し出すと、お姉たんは頬に指先を当ててトントンしている。
その行為の意味を理解し、俺はテーブルを回ると頬を軽く出しているお姉たんの頬にキスをした。
「もう、レオくんったら私がいないと何もできないんだから。これは私が結婚してあげなくちゃダメね」
「え?」
何か聞いたらダメな事を平然と言っていた。
だが、姉は一枚も二枚も上だった。
「嬉しくないの?」
眼には殺気がこもっていた。いや、神が掛かっていたとでも言うべきか、目の奥から出た光が、俺を貫いたような気がしていた。
「う、嬉しいですお姉たん」
「私も嬉しいわよ」
羽交い絞めされた俺はむちゅうと唾液まみれのキスを受ける。
ちゅぽん と唇が離れ、ピンク色の舌が可愛いローズピンク色に塗られたリップに付いた唾液を舐めとった。
わおっ、狂気だね。
母親から弟を分捕る興味の世界か。すでに女の武器を知ってやがった。
これでおっぱいでも大きく成れば、俺は叶わなくなってしまう。それまで俺は大丈夫なのか。
鍛えるしかないよな。
俺はお茶会が終わった姉を送り出し、夕食までの間、俺は今後の事を考える。
マミーが病んだのは仕方がない。これからは安全で明るいところで療養してほしい。
だがこれまでできなかった魔法の訓練をこれから始める事ができるようになった。
そして訓練所と化した一階で色々と試行錯誤で土まみれになっていたからか、お姉たんではないが、俺は土魔法を習得していた。
これが後天的な魔法の習得か。残る四元素では火を持っていないが、この最大級とも言える攻撃魔法をどう獲るかはまだ考えていなかった。
だが、身体強化と『ブレイカー』と言われる四大元素以外の特異魔法を鍛える為に、俺は今後の事を考えていた。
「やあレオ、レオの言った通り少々精神的にきているみたいだって医者が言ってたよ。マクダレーナ様も良くなったら直ぐに戻ると言われていたよ」
「いや、それはダメだ。母はすでに50歳、そろそろ身体を労わる頃だ。母には伝えてくれ、ここまで育てていただきありがとうございますと。これからは一人で頑張っていくので城から祈っていてくれと言っていたと」
「うう……やはりレオ殿下は神の御使いか。それほどまでにマクダレーナ王妃を気遣うとは…………」
なんだこいつ。泣き出したぞ。まあ、労わって欲しいのは本当だが、その奥にある本音は、そろそろ一人で魔法の練習をさせてほしいというものがあった。
何の深読みもしていない。一人の方が時間を有効に使えるからだ!
「それと、最近下のブロック塀が弱くなったみたいで、こんな風に強化してくれ」
ほい。と紙に書いた尖塔の上から見た立面図、そして断面図を書いてある紙を渡す。
「まあ、これくらいなら大丈夫でしょう。所で、来ないとは思いますが、第二宰相のルドルフ・エッケハルト・シュトラウスと、第三宰相のローレンツ・マティアス・シュトルムは気を付けて下さい。今のところ私が怪しいと思った人物ですので」
「任せろ。そんなへまはしねえからな。こっちにも考えはある」
「それは頼もしい限りですね」
二人で顔を見合わせて笑みを浮かべる。
この5年間色々あったが、少なくともこの何でも屋のエーリヒ・ノイエンシュタインは味方だと確信していた。
じゃないとこんなに長くの間、俺らだけの為に動かないだろう。俺らには得があってもエーリヒには何の得もないからだ。
それが分かってからは二人だけの時はザックバランな関係でいたいと言う俺の言葉に乗って来た。
流石に友達とまではいかないが、一般的な宰相見習いと、最年少だが王子と言う身分の差を感じさせないような息苦しさは感じなくなっていた。
そしてエーリヒは俺の尖塔強化の財源を勝ち取ったのか、次の日から工事が始まった。要はコンクリで尖塔の下部を厚さ2m程の擁壁で囲うのだ。高さも3mほど高くしてもらった。まあ、3日もあれば完全に固まるだろう。
さあ、それまではネズミを風魔法Lv4の風刃で切り裂き、覚えたての土魔法Lv1で固い玉を作り、身体強化をした腕力で地面で徘徊しているネズミを爆殺する。
「万事上手くいきだしたな」
窓の外は俺が生まれた時のように春の嵐になっていた。
「ワクワクしてきたぜ」
窓を開け外の暗闇を睨む。
次の瞬間、春雷が辺りを明るく染め上げ、地響きと共に魔の森へと一撃を落としていた。
それが何かの前触れかのように……




