(9)別れの瞬間に行き着くとき(その日)-13
やっと山裾に下り、どこにどう行けば帰ることができるのかを、僕も、そしてきっと彼女も知っている道に出た。
もうすっかり日は落ちて、空は真っ黒くなり、ますます月の光はまぶしくなっていた。ようやく星明かりも見え始めている。
彼女を下ろした。まだ彼女は目を閉じたままだった。
――ん……
声にもならない声が、彼女の口から漏れ出た。目を覚まそうとしているのだろうと僕は悟った。裸のまま。
僕の方も、スーツはもうほとんど光となって溶け出してしまっていて、裸になろうとしていた。しかし、まだわずかな力が残っているのが分かった。だから僕は、それを、あいつの言葉に従って、使った。
彼女に向けて手をかざし、力を込めると、スーツは完全に光の粒になってしまい、そして、彼女の体に、帯になって巻き付いていった。
ほの明るく輝くその光はやがて収まっていき、僕の記憶の中で最も新しいところにいる彼女の姿、水色のデニム地のショートパンツと水玉のシャツ、横縞の長袖のフリース、白い靴下に白いスニーカーという姿が、今目にしている彼女の姿に写し取られていった。
もうあの特別な力は残っていなかった。力がみなぎるのを感じたように、それが失われたことも、はっきりと感じられた。全てを使い果たし、全てを失い、僕は何も持たないただの子供へと戻っていた。
後は思い出すのも嫌になるような、平板で、馬鹿げていて、情けなく、アホらしい展開があるだけだった。
僕はその場から逃げるように立ち去った。いや、実際に彼女が目を覚ます前に逃げ出していた。言うまでもなく、素っ裸で。そこから家に帰るまで幸運にも誰にも見られなかった、なんていう展開があったわけではなく、何台もの車が僕のすぐ横を走り抜けていったし、交差点では信号待ちをしている人の目の前で信号を無視して横断歩道を渡った。
第一、それまで見られなかったところで、家に帰ったときにどう言い訳をすれば良かったと言うのか。僕は実際に家に帰り着くまで、自分がどんな姿で帰ったか、ごまかせる可能性を信じていた。しかしそんな僕のもくろみはあっけなく外れ、家のガレージには二台の車が(無慈悲に、不都合に)停まっていた。
僕は玄関でさんざんまごついてから、そのドアを開けた。最後の瞬間まで、僕は誰も出てこなければ、すぐに部屋に駆け込めば、この馬鹿げた状況を誰にも見られずに済むのだという可能性を考えていた。
しかしそれはあっさりと砕かれた。玄関のドアを開けた瞬間、居間にいたらしい父が顔を出して、僕の姿を認めてしまったのだ。
父は最初無表情で、何か言いかけて口を開いていた。しかしそれが僕の姿、素っ裸で玄関に立っているという、信じがたい姿を見た瞬間、ぽかんとしたものになってしまっていた。父に続いて、母、祖父の順に、姿を見せた。僕は股間に手をあてがってうつむいているという、これ以上ないほど情けない姿で、玄関に突っ立っていた。
そこで僕がどういう言い訳をしたかと言えば、何も言い訳なんてしなかった。三人の大人がぽかんと、何も言えずに視線を向けるのを無視して、部屋に駆け込んだ。
顔が真っ赤になり、ぼろぼろ涙があふれ出た。着替え、というのは言葉がおかしいかもしれないけれど、とにかく服の袖や裾に手や足を通すために、普段よりも遙かにへたくそに四苦八苦していると、もう嗚咽がどうしようもないくらいになっていた。そして、自分が抱えている空腹が、痛いほどになって僕を苦しめていることにも、ようやく気がついた。
部屋のドアが叩かれた……いや、もういちいちこんなことを述べ連ねるのは終わりにしたい。僕にはどういう言い訳もできなかったから、何を聞かれても沈黙か、あるいはおざなりな相づちや生返事で応じた。それで納得させられるわけがなかったけれど、同時に、向こうにとってもそれ以上追求しづらいことには違いなかったから、結局、なし崩し的に問答は終わり、いつもの日常が戻ってくるはずだった。そうなればいいと思っていたし、そうなるだろうと思っていた。
ところが、そうではなかった。
さて、僕にとっては父と母がそろって帰宅していたのはとても意外なことだったのだけれど、実はそれには明確な理由があった。僕自身が一番よく知っていたはずの理由が。
その日は僕の十二歳の誕生日で、僕が素っ裸で帰宅したときには、そのためのお祝いの準備が、食卓にすっかり整えられていたのだ。




