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(9)別れの瞬間に行き着くとき(その日)-11

 ――ぐあああぁーっ!


 一角の怪物の咆哮に続いて、ポリフェムスの悲鳴が響き渡った。僕は目に角を突き刺されたポリフェムスから、必死に体を引きずって離れた。


 それまで抑えてきた汗や動悸が一気に爆発したように、全身から汗が流れ出し、心臓の鼓動が早まった。呼吸も荒くなり、いったい自分が何を見ているのかを頭の中で整理するので精一杯だった。


 ポリフェムスを組み敷いた怪物の角は、右目から突き入れられ、ポリフェムスの頭を貫通していた。ねじ込まれた角をポリフェムスが暴れてようやく引き抜くと、その右目から、(僕たちと同じような)赤い血がほとばしった。いや正確に言えば、薄暗い空の下で見たその血の色は、ひどくどす黒く見えた。


 ポリフェムスから離れた怪物が、また咆哮を上げた。するとその角が輝き出し、辺りから光の筋が角に集まっていった。僕の体、いや、僕が身に着けていたスーツからも。


 怪物の角は、どんどん輝きを増していった。僕はただ体を地面に投げ出したまま、その様子を見ているしかなかった。ポリフェムスがゆっくりと、がくがくと体を震わせながら立ち上がった。


 怪物がポリフェムスに一瞥くれて、そちらに向けて雄叫びを上げた。それだけで、ポリフェムスは後ろにぶっ倒れた。そして必死に体を起こそうとしている。右目からは、そこに開いているはずの穴からは、だらだらと血が流れていた。


 怪物の目の前に、光の塊が現れ始めていた。僕の『必殺技』の光とも、ポリフェムスが使った防壁としての光の層とも違う色や輝き方をした光。しかし、僕はそれに見覚えがあった。あの日、あの帰り道、まさにこの場所に輝くのを目にした、あの光だった。


 その光が姿見ほどの大きさにまでなると、怪物が僕の方を見た。その角は血に染まっていて、厳つい顔は牙をむいている。


 ――よくやってくれたね、アンティノス。いや、シズカ。


 頭に直接、聞き覚えのある声が響いた。空気の振動としてではない、感覚そのものとしての声だった。自分以外の声をそんな風に聞いたのは、もちろん初めてのことだった。


 異様なほど透き通った声音。それは何度も耳にしてきた、ウーティスの声だった。


 ――君のおかげで『門』を開くことも、力を取り戻すこともできた。お礼が言いたいよ。


 呆然とする僕にかまわず、その声は続いた。


 ――待て! 貴様……!


 ようやく立ち上がろうとしたポリフェムスが、うめくように声を発した。怪物はそちらを見やることもせず、僕の頭の中ではウーティスの言葉が続いた。


 ――みんな君のおかげさ。本当に感謝してるし、これで全部終わりだ。これで君も、与えられた役割から解放される。後は好きにしなよ。


 ポリフェムスがやっと立ち上がっても、怪物が一吠えしただけでまた倒されてしまった。


 僕は呆然としたまま、立ち上がることなんて体が忘れてしまっているように、ただ頭の中に響く声を聞いているしかなかった。


 ――ああ、そうそう。そいつを倒せば彼女も解放される。彼女はそいつの力で閉じ込められているんだから。君にとっては、それで全部終わりだろうね。じゃあこれでさよならだ。ありがとう、シズカ。


 怪物が最後に大きな咆哮を上げて、その光の中に飛び込んだ。そして怪物の姿は光の中に消えていった。すると、光はゆっくりと小さくなっていった。


 ――ウーティスが、ウーティスがこの目をつぶしてしまうとは……! 何も知らず、誰でもないような人間が、この私に、こんな真似を……!


 ポリフェムスの最後の言葉が、夕暮れに染まりつつある山の中に響き渡った。


 僕は全てを理解した。僕が今まで何をしてきたか、何をさせられてきたか、何のためにそうさせられてきたのか、僕が相対していた怪物がなんだったのか、僕が知ってきたことのどれだけが嘘だったのか、ポリフェムスの運命までも。


 全てはあいつの思い通りだった。


 あいつがそうさせようとした通りに、僕はあいつと出会い、僕は『ロートス』を集め、あいつの力として蓄えさせ、力を取り戻させるとともに、『門』を開かせてしまったのだ。あいつが語った『悪魔』とは、きっと、僕の目の前で目を刺し貫かれて苦しむポリフェムスではなく、ウーティス自身のことだったのだ。


 やっと僕は立ち上がった。そのときには、もうあの光は消えてなくなるところだった。何か呼びかけようとしたけれど、全てが無駄に思えて、声が出なかった。


 そのうちに光は完全に消えてしまい、月明かりの下、夕闇に包まれた山の景色と静寂が広がっているだけになった。何本も樹がへし折れ、大きな穴が開き、岩が砕けた山の様子。


 異様なほど静かで、動いているものと言えば、僕の他には突っ伏してどうにか体を持ち上げようとしているポリフェムスだけだった。


『あいつを倒せば全てが終わる』


 切り貼りされて編集された頭の中の言葉が、もう一度頭の中で響いた。


 僕は全てを悟った。今何をしなければならないのか、すればどうなるのか、自分が今どこにいるのかの、全てを。

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