(9)別れの瞬間に行き着くとき(その日)-9
一切間髪を入れずに、ポリフェムスは倒れていた僕に再び迫ってきていた。僕は両手を前に突き出して、そんな風に力を使えるのだと知らないまま両手のひらから光の壁を出現させた。
予感というか本能というか、そういうものが、勝手に僕の体を動かしていた。ポリフェムスの打撃は僕の目の前に現れたその壁に阻まれた。物がぶつかったわけでもないのに、ハンマーで金属の塊を打ち付けたような(僕はこのときからずっと後に実際に聞いたことがある)、鈍く響く大きな音がして、ポリフェムスの拳は止まった。
僕とポリフェムスの間で、拳と蹴りの打ち合いが始まった。互いに同じくらいで大して長くもない手足は全くそんな打ち合いには不向きだったけれど、互いに同じように、空気を蹴って突進したり身を躱したりすることができる。
迫ってくる拳を避ければ蹴りが待っている。蹴りを防ぐなりしたところで、それが引き起こす風圧は体勢を崩すほどだったし、僕には光球という武器や光の壁という防具もあった。だから、明らかに戦いにおいて場数で劣っている僕も、少なくとも僕の印象では、互角に打ち合っていた。
しかしいくら拳や蹴りや光球を当てても、ポリフェムスはそれをことごとく受け流したり、的確に防いだりして、有効打を与えさせてはくれなかった。僕の方も、ポリフェムスの攻撃をいくら受けてもスーツが衝撃や痛みを抑えてくれてはいたけれど、態勢はだんだんと、しかし明らかに、ポリフェムスの方の優位になっていた。
そして地面に足をつけて戦っていたある瞬間、前方に突き出すような蹴りを真正面から胸に食らい、僕はのけぞった。そしてそのまま後方に回転し、どうにか足で立っていることはできたけれど、息が切れ始めているのが分かった。
――なぜ私と戦う。
十歩ほど離れたところにいるポリフェムスが、崩れた体勢でかがむ僕を見下ろしながら、口を開いた。
――私とお前が、戦う理由も意味もあるまい。
――お前の勝手にはさせない。彼女を解放しろ。(視界の端に、透明な結晶に閉じ込められた辺根さんの姿がある)
――できないと言っただろう。
――お前を倒せばいいんだろう。お前を倒せば、全部終わるんだろ!そのために僕はこんな力を持たされたんだからな!
――それを奴に吹き込まれたのか。
奴。ウーティスのことだろう。僕はまだかがんだまま、荒く息をしていた。
――踊らされていることに気づかないのか。
――何だって?
――奴はお前をだま
僕は言葉の途中で、ポリフェムスに向かって飛びかかった。ポリフェムスは僕に向かって右手をかざした。同時に右目が光り、あの球状の光の層が現れ、僕の拳を防いでいた。
――やめろ!
ポリフェムスがいらだちで表情を険しくさせながら、強い口調で言った。僕は光の層に向かってめいっぱいの力を込めて拳を突き立て、ポリフェムスに届かせようとしていた。
――やめろと言っているだろう!お前は自分が何をしているのか分かっているのか! 何も知らないまま、(罵倒語検閲)のままで、何が分かっていると言うんだ! 戦う理由がないということを、なぜ分かろうとしない!
――あの子を解放すれば、お前の話を聞いてやるよ!それが先だ!
――できないと言っているだろう!
雷鳴のような音がとどろいたと思うと、ポリフェムスの手から激しい光が放たれ、それを打ち込まれた僕は、もう何度目だか分からないけれど、吹き飛ばされていた。
岩にたたきつけられると、岩の方が僕の体やスーツよりも脆く、砕けた。めまいをこらえながら僕が立ち上がるよりも先に、ポリフェムスの蹴りが僕に突き刺さった。
ポリフェムスは僕に馬乗りになって、拳の連打を見舞ってきた。僕は両腕を顔の前で交差させて懸命にそれを防ごうとした。そして拳と一緒に、言葉が降ってきた。
――奴はでまかせを言ってお前をだましているんだぞ! いいか、本当の諸悪の根源は奴の方で、お前は踊らされてきただけなんだ! 私の言葉を聞け!
次の瞬間――目の前の相手が何を言っているのか、自分が聞いている言葉が何を意味しているのか、苦痛をかき分けてそこに思考が届くよりも前に――、聞いたことのない咆哮が聞こえた。
あの怪物のものでもない。もっと野太く、もっと凶悪なものであることを表しているような、とてつもない雄叫び。
ポリフェムスの言葉も動きも一瞬止まった。その一瞬の間に、そいつがポリフェムスに躍りかかって押し倒していた。
巨大な一角獣。一言で言えばそいつはそんな怪物だった。
全身が灰色の毛で覆われていて、人の身の丈を遙かに超える背丈を持ち、全身はさらにずっと大きく、四つ足で立って、獅子を思わせる厳つい面構え。耳はごく小さい。
そしてその頭の額の真ん中に、大きな角が生えていた。その角は貝のように渦を巻いていてる。
そいつは、ポリフェムスに何をさせる間も与えないまま、咆哮を上げながらポリフェムスを組み伏せ、頭に、その右目に、額の角をねじ込んだのだった。




