(9)別れの瞬間に行き着くとき(その日)-7
目を守っていた腕をどけたとき、僕はそこに、何も変わらずに倒れたままの怪物(最悪)か、怪物が跡形もなくなった様子(最良)のどちらかがあると思っていた。だが、僕が実際に目にしたのは、どちらでもなかった。
そこに、上、つまり僕(ウーティスを含めれば、僕たち)の方に手を向けて立つ、僕と同じくらいの年頃の少年の姿を僕は認めた。
怪物はその少年の足下で、何も変わらずに倒れていた。球形の、泡のような光の層がその掲げられた手から現れていて、向こう側から片目のつぶれた顔がのぞき、残った右の目が、僕をにらみつけていた。首には長いスカーフ巻かれていて、いくらかたなびいている。もちろん僕は、その姿に見覚えがあった。
ポリフェムスだ。僕の脳裏に、前に出くわしたときの記憶が、そいつの名前とともに、はっきりとよみがえった。しかし前に見たときよりも、そいつはずっと険しい顔をしていた。
そして僕をにらみつけていた、というのは勘違いで、その片目の視線がわずかに僕から外れていることに僕はすぐに気がついた。そいつは、僕の肩に乗ったウーティスを見ていたのだ。
やがて、ポリフェムスはかざした手を下ろし、それに従って、ポリフェムスたちを覆っていた光の層が、空気の中に溶けていった。その光が、僕の『必殺技』を、防いだに違いなかった。
――やっと出てきた。
ウーティスがつぶやいた。それは確かにつぶやきだった。しかし、僕にわざと聞かせようとしていたらしい。そのくらい、はっきりと聞こえたのだから。
――……何であいつがここにいるんだよ?
――そりゃ出てくるさ。ここで、これだけ派手に暴れればね。
――ここが、どうかしたのかよ。
――僕や彼にとっては、特別な場所だからね。
特別な場所。ウーティスがこういう言い方をするときは、決まって、それ以上のことをしゃべる気がないのだった。しかしこのときは違った。
――ここから全部が始まった。君だって見てたんだろ?
あの日、まだ一ヶ月も経っていないはずなのに遙かに遠い日のように思えるあの日、今では遙かに遠くなった存在とともに過ごした思い出の日、あの日のことが思い出された。まざまざと、あの光が脳裏に浮かんだ。
そうやって、僕はウーティスの言葉を理解した。まさしく一瞬のうちに。
――だから、終わるのもここなのさ、アンティノス。
僕はウーティスを見た。ウーティスは、首を少しだけかしげ、にやりと笑った。その姿が、これまで予感じみたおぼろげな感覚でしかとらえられなかったそいつの不気味さを、このときの僕に、はっきりと感じさせていた。
丸い大きなその目には、僕の顔が映っている。顔の上半分、目の周りを隠すマスクを着けた僕の顔。ウーティスが『アンティノス』と呼んだ僕の姿。どくん、と、一つ大きく心臓が脈打った。
眼下に、ポリフェムスの姿を見下ろした。相変わらず、僕を、ではなくて、ウーティスをその右目でにらみつけている。
やおら、ポリフェムスが口を開いた。もちろん聞き覚えのある声、その姿が表す年頃の声音に中性的な色をつけたような、声。そのつぶやくような声音は、僕の耳にはっきりと届いていた。きっとウーティスにも。
――お前は、自分が何をしているのか分かっているのか。
僕は何も答えなかった。言葉で答える代わりに、返事はこれだと言わんばかりに、あの光球を手の間に出現させ、投げつけていた。再び爆発が起こった。今度は、光球がさっきよりも小さかったから、もっと小規模な。しかしその後の様子は、まるで違っていた。
ポリフェムスは光球が着弾する直前に飛び去っていた。怪物も連れて。まるで狩りの獲物を見せつけでもするかのように、ぐったりと動かない怪物の首根っこを片手で持ち、空中に、僕の目の前に、立っていた。
僕が身構えた、と言うよりも、ポリフェムスと対峙して身構えようとした、身構えなければならないのだと思った次の瞬間、怪物に変化が起こった。怪物の全身を覆っていた鱗の鈍い輝きがだんだんとくっきりとしたものになっていき、ついには、激しく光を放ち始めたのだ。
怪物の体から、到底直視できないほどに光がほとばしり、その光は、ウーティスの角へと吸収されていった。いくつもの光の筋が怪物の体から放たれ、その全てがウーティスへと集まっていた。
指の間からまばゆい光の向こうに見えた怪物の姿はどんどん形を変えていき、あっという間に、人の姿、僕と同じくらいの身の丈にまで小さくなってしまった。そして最後に一条の光が放たれると、怪物は、元は怪物だったはずのそれはふわりと浮かび上がり、ポリフェムスがそれを抱きとめた。




