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(9)別れの瞬間に行き着くとき(その日)-6

 僕は怪物の腹の上に立ち、思い切り殴りつけた。一発目は体勢を崩しかけて倒れそうになったけれど、二発目からはそういうこともなくなり、怪物の体を踏みしめながら、何発も何発も何発も、目の前の怪物の腹を殴り続けた。


 怪物がうめき声をその口から漏れ出させながら、首をもたげてその頭を僕の方に向けてくる。僕はそれを認めると、怪物の体の上を二歩駆けて、その頭、下顎に向かって右足を振り上げ、回し蹴りを食らわせた。そしてのけぞった怪物の頭に向かって、空気を蹴って勢いをつけて拳をたたきつけた。怪物の頭が樹の根元にめり込み、その樹が裂けた。


 みなぎる力、勢いに任せて、僕は怪物の頭上に走り込んだ。僕は両手を使ってようやく抱えられるそれをどうにか持ち上げた。


 怪物と目が合った。何とも言えない嫌な感じがした。その目は、何か僕に対して、訴えかけているような気がしたからだ。そのワニのような、いや、僕が抱いていたドラゴンのイメージそのものの姿をした口が、開けられようとしていた。


 僕は心に残った疑念から目をそらし、持ち上げた怪物の頭を思い切り力任せに振り回した。残っていた周囲の木々がなぎ倒され、割り箸とかが折れる音を何百倍にも増幅したような、鈍く、そして乾いた音が辺りに響いた。


 二回転ほどさせた後、僕は山の上の方に向けて怪物を投げ飛ばした。怪物は樹木をへし折りながら斜面を転げ上がっていった。


 山と山の間に、満月があった。低い月ほど大きいという僕の経験則に従って、その満月は見たことがないほどに巨大に見えた。日の落ちかけた空に、その月は異様なほど明るく輝いていた。


 全ては一瞬。


 僕は宙を舞って、山頂近くまでぶっ飛んでいった怪物を追った。怪物の頭をめがけて飛び込んでいき、振り上げた拳を顎に見舞った。何発も。


 怪物が一つのたうって、僕は吹き飛ばされて樹に激突した。衝撃はいつまでも体や頭に響いているのに、痛みなんてまるで感じない。


 怪物の大きな口が迫ってくる。僕は横っ飛びに逃げだそうとしたけれど、踏み込んだ右足に、怪物の口が食いついた。


 ものすごい力で噛みつかれているのが分かったけれど、相変わらず痛みは感じない。スーツ、というよりもブーツ越しに怪物が噛みついていて、その歯が僕の体に届かずに止まっているからだ。しかし僕の足に噛みついたまま怪物は頭を振り回し、ようやく解放されたと思うと、僕はまた吹っ飛ばされて、今度は岩にぶつかった。


 頭がくらくらして、足下がおぼつかなくなるほどだった。怪物がぎろりと僕に目を向け、牙をむいた。その歯垣の隙間から、赤い光が放たれ始めていた。火が噴かれようとしているのだと、怪獣映画が大好きな僕は、直感的にと言っていいほど素早く悟った。


 そして自分がたたきつけられていた岩に手をかけ、思い切って一息にそれを引き抜き(一切何も考えないうちに、それだけのことを僕はしていた)、怪物に向かって投げつけた。怪物が火を吐こうとして開かれていた口に岩が命中し、火花をほとばしらせ、一つ火柱を上げながら、怪物はまたしても倒れ伏した。


 空中に飛び出し、僕は怪物の姿を一望の下に眺めた。仰向けに倒れ、ゆっくりとまた起き上がろうとしている。だが、動きが鈍っているのは明らかなように見えた。ここでけりをつけなければならないと思った。


 ――さあ、チャンスだ。派手にやってしまいなよ。


 いつの間にか右肩に乗っかっていたウーティスが、耳元で僕にささやきかけた。僕はそれには驚かなかった。予期していたというわけでもなかったけれど。ウーティスの存在が、それほどにしか印象を残さないようになってしまっていたということかもしれない。


 ――ああ、言われなくてもやってやるよ!


 僕は目を閉じて、手を打ち合わせた。ゆっくりとその両手を引き離していく。


 目を開けた。満月がまた目に入った。目を落とすと、怪物がいた。まだ倒れている。うめき声、と言うには野太い音が、閉じられた口から漏れ出ていた。


 僕の手のひらの間に現れた光球はどんどん大きさを増していった。明るい。太陽が目の前に現れたように。肩幅を超えるまでに大きくなった光球を担ぎ上げて、怪物に向けて投げつけた。かけ声なしに。


 光球が着弾し、炸裂した。ほとばしる光の奔流に比べればよっぽど控えめな轟音が、辺りに響いた。木々が焼けて舞い上がり、土や石とともに辺りに落ちてきた。僕にもいくつか当たった。怪物に噛みつかれたときよりも、よっぽど強い感触があった。


 もうもうと煙が立ちこめたりはしなかったけれど、山にあったありとあらゆるものがない交ぜになった破片が降り注ぎ、しばらくの間視界が遮られた。

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