(9)別れの瞬間に行き着くとき(その日)-4
息をつく暇もなく、怪物は咆哮を上げて、その後足で地面を蹴り、僕の方に迫ってきた。森の中、行く手を遮る木々は全く問題にせずにへし折りながら。
――必殺技を!
甲高い、澄んだ声が足下から発せられた。僕は頭にずきずきうずく鈍痛を抱えながら、無我夢中で開いた手を打ち合わせ、すぐさまそれを引き離し、出現した光球を、迫り来る怪物に投げつけた。大仰な叫び声を上げる余裕も暇もなかった。
光球は見事に怪物の顔面、大きく裂けた口とぎらぎら輝く目を持ったその顔に命中し、ぐらりとよろめいて、仰向けに倒れた。しかしすぐさま、グルルルとうめき声を上げて、体を半回転させて、怪物は立ち上がろうとしていた。
『必殺技』は確かに命中した。それが通用していないらしい。少なくとも、一撃でけりをつけられはしなかった。僕はそんな怪物の姿を前にしてたじろいだ。
――逃げる気なんて起こしてないだろうね。
視界の隅にいたウーティスが、怪物の方を見ながら、つぶやくように、しかしひどく耳に残るその声音を発した。僕は、震えは収まったけれどがちがちに固まった体でどうにか首を動かし、唖然とするほどのぎこちなさで、足下のそいつを見やった。
――今日は特別さ。まだ力は残ってるだろ?
ウーティスが何を言っているのか、最初、僕には分からなかった。
体の痛みそのものは、とっくに消えていた。その残響のようなものはまだ体の中でうずいていたけれど、まだまだ、ぴんぴんしていた。『必殺技』を、不完全な形とはいえ使ったというのに。スーツも完全な形で、何の欠損もなく僕の体に張り付いている。そこまで考えたところでようやくウーティスが僕を見上げ、
――あいつを倒さなきゃいけないからね。集めてきたロートスの力、使いなよ。
と告げた。その角が、見たこともない色に、淡く輝いていた。そして、角から放たれた光が筋になって、僕の体に注がれていた。そんなウーティスに対して僕は、全く的外れな問いで返した。
――い、今まで、どこにいたんだよ。
――ちょっと野暮用があってね。後で教えてあげるよ。まずはあいつをどうにかしないと。ほら、また来る。がんがん力を使って、派手にやってしまいなよ。
――わ、分かった……やってみる。
ウーティスが、その丸い大きな目を細めて、口の端をつり上げてにやっと笑ったのが分かった。こんな不気味な笑顔を、僕は初めて見た。そのせいで、冷や汗が一筋、頬を垂れていくのが分かった。
力がみなぎるという感覚をどう伝えればいいのか、僕には分からない。全身が確かに僕の体に感じられ、融通無碍というか、少なくとも僕の体の隅々が思うようになっているという感じがあった。髪にすら神経が通っているような感じだった。空気の温度や湿度も、それを震わせる木々や葉の動きまで、皮膚が読み取っているような感じだった。
感じ。こう言い表すしかない。
怪物は立ち上がろうとしていた。そして僕の方に、その長い首をもたげて目線を向けている。その目ににらみつけられ、僕は一歩後ずさった。
――何やってんの、ぼさっと突っ立って。
あきれたようにウーティスが僕に告げた。とにかくまず冷静になるために思考の逃げ場を探していたせいか、僕は自分でも唖然とするほどに間抜けなことを口にしていた。
――さ、さっきの話、本当なんだよね。
――はぁ? 何のこと?
――力を使えば、服でも作れるって言ってたじゃないか。
――僕は別に嘘なんてついちゃいないさ。それにそんな心配、あいつをやっつけてからにしなよ。全く、あきれるよ、君には。
――ああ……そうだろうさ!
奮い立つために、がちがちに固まってしまっていた体に血を通わせるために、怒声でもなんでも、力になるものが必要だった。
息をのみ、唾を飲み込んで、目を閉じ、精神を集中させて大きく息を吐いてから、僕はもう一度手を打ち合わせた。怪物が咆哮を上げた。周りの空気がびりびり震えていた。しかし僕は目を閉じたまま踏みとどまり、ゆっくりと手のひらを引き離していった。




