(3)ある昼-1
昼休みになると、僕は決まって図書室(図書館というほどの広さはない)に行った。たいして使う人もいない。だからそこは、僕が学校で落ち着ける数少ない場所だった。『コ』の字型に並んだ書架に囲まれた机の席に、いつも座った。僕の指定席ってわけだ。
僕の目当ては、リクエストした本か、図鑑だった。しかしもう、図鑑のシリーズは鳥やら動物やら宇宙やら植物やら恐竜やらいろいろあったけれど、そのほとんどを読んでしまっていた。読むと言っても、図版を眺めて、後ろの方のページにある説明を流していく程度ではあったけれど。それでも、そうやって大きくて硬くてつやつやしたページをめくっていくのは、楽しくて仕方がなかった。
リクエストした本の方は、背伸びにもほどがある、実際ろくに読めもしない文庫本ばかりだった。なんとか文庫だとかなんとか学芸文庫だとかなんとか学術文庫だとか、どれもこれも手強い相手が、ほとんど僕しか手に取らない棚に並んでいった。
一番の難物は、分厚い文庫本で四分冊にもなった百年くらい昔の小説で、前の世紀で一番優れた小説と言われているらしいから、きっと楽しく読めるんだろうと思ったら、たいしたことは何も起こらないし、あるいは何が起こっているのか全然読み取れないし。注釈が多すぎる上にその内容もさっぱりわけが分からず、とにかく最後まで読もうという意思か意地だけで読み進めた。その小説を教えてくれたのが、鹿屋さんだったからでもある。
読み終えたことを報告すると、彼女はとても驚いていた。彼女も僕が抱いたのと同じような感想を言っていたから、救われた気がした。そうやって、わけの分からなさを話すことができるのも、本を読む理由になっていた。
一方では、もちろんと言うべきな気がするけれど、彼女は僕にでも読めそうな本を紹介するのも忘れなかった。この日の朝に話していたのは、偉い哲学者の人が書いた科学についてのなんとか学芸文庫の一冊で、彼女から借りたものだった(文庫本なのに千二百円もする)。
彼女はまた、お気に入りの本の話をしてくれて、作者、いや翻訳した人のサインが入った本を僕に手渡しながら、ほんの少しだけ得意げに、心の底から大切な物を手にしている、そんな様子を見せてくれたこともあったし――いや、鹿屋さんの話は、今はもういいと思う。また語る機会もあるだろうし。
僕はいつも昼休みには図書室に来ていたけれど、そうしていた人は限られていた。特に、運動場で遊ぶ人の数というか割合に比べれば。必ずいる人となると、もうほとんどいない。
その数少ない中の一人が彼女で、名前を、辺根良子といった。僕と同じクラスで、窓際の僕の席の反対側、廊下に面した列の後ろの方の座席に座っていた女の子だった。少し言いづらい、そしてとても珍しいその名字は、僕を『ちゃん』付けして呼ぶような連中にとって、格好のからかうネタになっていた。
図書室で、彼女は僕と同じ机の、ちょうど対角の席に座っていた。この日は、僕の見たことのなかった本を広げていた。後から聞いて、そう知った。
何も話したりはしなかった。互いに、互いの存在を意識していないようなふりをしていた。僕の方はあえてそうして、彼女の方はどうだかは分からない。僕と彼女は、学校にいる間はそんな関係だった。僕がそうしていた理由はごく簡単で、さもないと、どうからかわれるか分かったものではないからだ。




