(6)一つの心にとっての全て(三日前)-5
そこは小高い丘にある新興住宅地、僕たちがその頃なじんでいた言葉を使えば団地の、裾野の端っこにあたる。僕の家は丘の頂上に近いところにあったせいもあり、来たこともなかったし、通りかかることもなかった。
その家は、僕の家と少しも似ていないような気がした。二階建てでベランダがあるとか、屋根に傾斜がついているだとか、ごく基本的な構造について類似点を見つけるのは簡単だった。しかしそれは、僕と彼女が人間であるという点で似ていると言っているようなものであって、的外れもいいところ。
そういうことではなくて、窓の位置やガレージの形、生け垣の高さというか有無(彼女の家には無かった)、ベランダの広さ、外壁の色、庭のささやかな家庭菜園など、僕の家と共通していることは、一つもと言っていいほどに見つけられなかったのだ。そんな一つ一つの特徴がどうだったというわけではなかった。そこからその家庭がどうだとかいうことを読み取れるほどの頭を僕は持ち合わせていなかったし、そのために必要な精神的な余裕も持ちようがない状態だったのだから。
彼女の家の前に来ても、未だに僕の心は二つの気持ちで挟まれ、その間で揺れ動いていた。一つはもうこれ以上彼女に近づくわけにはいかないという絶望的な意地、もう一つは彼女の存在がきっと僕を救ってくれるという根拠のない無責任な希望。
そのまま立ち尽くしていれば、きっと、その二つの気持ちで引っ張られるまま、僕は二つに引き裂かれていたのではないかと思う。幸い、彼女が小さな門を開けて玄関に導いてくれたおかげで、そんな事態は避けられた。
それで良かったのかという自問は続いていたけれど、結局は、彼女に導かれるのに従うしかなかったに違いないと思う。僕はその程度の人間だからだ。
彼女の部屋は、初めて入った女の子の部屋は、その頃の僕が、根拠となる経験なしで、貧困な想像力によって『女の子の部屋』という言葉で思い描けるものとはまるで違っていた。
思ったほど華やかでもなかったし、色合いも違っていたし(想像の中のピンク色はなかった)、思っていた以上に、特に僕の雑然とした部屋に比べれば、ずっと整った部屋だった。部屋に通され、失礼なことだと分かっていながらも、僕は、控えめにではあったけれど、自然と視線をさまよわせいた。
学習机に取り付けられていた棚には教科書が並び(僕の場合は特に整理もされずにいろんなものがごちゃごちゃと突っ込まれている。教科書の隣に、ゲームの攻略本が並んでいたり)、白い本棚は手前側が左右にスライドする構造になっていて、本が、その大きさごとに整然と並べられていた。僕が彼女に話を聞いたことがあるものもあれば、ないものもあった(そりゃそうだろう)。少女漫画が並んでいるのが、僕にとっては一番新鮮に見えた。
僕の部屋とは違って、テレビはなかった。僕の部屋とは違って洋室だったから、窓には障子ではなくレースのカーテンが掛けられていて、床にはカーペットが敷かれていた。僕たちはその上に座った。
彼女のベッドには白いシーツで覆われたマットレスの上に淡い青色の布団が乗せられていて、僕のベッドとは違って枠がついたりはしていなかった。ベッドの上に、丸いクリーム色をしたクッションがあった。
僕が観察で見つけられたのはそんなところだった、と言ってみてもいい。視界の隅に、ぬいぐるみがいくつか鎮座してもいたと付け加えておこうか。
ともかくそのくらい、僕はそわそわと、意味もなく、そして無礼にも、彼女の部屋の中を見回していた。そんなことができたのは、彼女が目の前にいなかったからだ。部屋に通された後、僕はしばらくその場に置いておかれた。
――待ってて。
辺根さんはランドセルをベッドの足下に下ろし、僕もその隣に下ろして、座った。赤と黒のランドセルが寄り添っていた。そして彼女は部屋から出て行った。
まるでそれだけが許された自由ででもあるかのように僕は首から上だけを動かして、部屋の中を見回した。それが本当に許されるようなことだったのかは今も分からない。僕の矜持とは何だったのかというようなことを自問しながら、結局うつむいてしまったのはよく覚えている。




