(6)一つの心にとっての全て(三日前)-4
疎外という言葉には、単純さや空虚さ、孤独感がつきまとう。もし本当に僕が単に疎外されていたのであれば、その状況、その孤独の中で、心地よく安穏としていることもできただろう。しかし、実際に僕が置かれていた状況はいささか事情が異なっていた。
まるでもう主のいない蜘蛛の巣に引っかかったかのように、僕は絶望的だけれどどこか滑稽な状況に置かれ、取り巻いていたのは空虚の代わりに冷笑とかそういう粘りつくものだった。その蜘蛛の巣は教室、あるいは学校中に張り巡らされ、学校にいる間は、決して逃れさせてはくれなかった。
僕に近づけば、その糸がまとわりつき、絡め取られることになってしまうだろう。それが疎外の正体だった。僕はそれを知っていたというか、分かっていた。
そこに巻き込みたくない人、それが辺根さんだった。意識しないうちに、僕はそのことを自覚していたのだろう。だから、彼女を待たずに学校から家に帰るということを選んでいたはずだった。
しかし今、彼女はこうして僕の目の前にいた。僕はやっと思い至って、辺りを見回した。幸いにも、僕の学校の人は、その場には、少なくとも見渡せる限りのところには誰もいなかった。
そんな僕の様子を、辺根さんはどう思って見ていたのだろうかという、その恐ろしい事実(滑稽にも、僕は本当に恐ろしいと思っていた)に向き合おうと、またしてもぎこちなく、ゆっくりと彼女の方に向き直ると、彼女は怪訝な顔で僕を見つめていた。変わらずに、ただし、ようやく息は整ったらしく、ふうと最後の息を一つついて。
――う、うん、分かった。読むよ、いや、読みたいな。
僕はそう言って、彼女に向かってゆっくりと左手を差し出した。右手には、渡された文庫本が収まっている。手を上げるのがゆっくりだったのは、速くしてしまうと露骨に催促しているように見えるだろうから、という意識的な判断によることだった。
僕は落ち着いてはいなかった。動揺しまくった頭の中で、狼狽した思考が暴れていた。様々な言葉が頭の中を巡り、その中の一つが、僕の意識に手の上げ方を呼びかけているようだった。
このくらいなら許されるはずだろう、この場限りで全てを済ませてしまえば、彼女を僕の置かれた状況に巻き込むことなく、彼女と接し、それを終わらせることができると思った。
しかしそんな思考の甲斐もなく、僕の上げた手は無意味な動作に終わった。彼女の次の言葉によって。
――ごめん、今持ってないの。家にあるんだけど、来る?
僕は、上げた左手を握ってみた。それもまた、うんざりするほどゆっくりと。
僕は彼女の言葉を、たった今聞いたばかりの声を、頭の中でもう一度再生してみた。彼女はあっさりと、あっけらかんと、当然のことのように、そう言った。
誰かに肩に手を置かれ、まあ一度じっくり考えてみたらどうだと語りかけられたような感じすらして、僕はもう一回、彼女が何を言ったのかを頭の中で再現した。語調、口の動き、一度の瞬き、ほんの少しかしげられた首、雲の多い空、点滅する信号、風に揺れる枝葉、その他諸々を含めて。
その記憶が現実に(きわめて)忠実だったというのは、何というか、考えるまでもなく明白だということを考えるまでもなく明白だった。
記憶をその元になった現実と比べてみたりすることはできない。だから、ただ信じるしかない。僕にとっては、もはやただ確信だけがあった。
辺根さんの言葉を聞いてからの僕が考えは、少し前に考えたことをまたもう一度繰り返しているようだった。
彼女を僕の置かれた状況に巻き込むわけにはいかないと思った。そして同時に、彼女に、彼女の存在そのものに対して救いを求める思いが、わき上がってくるのを僕は感じた。
僕はもう一度辺りを見回した。通り過ぎていく車もなく、本当に周りには誰もいなかった。そしてその瞬間から十分もしないうちに、僕は彼女の家の前に立っていた。




