(6)一つの心にとっての全て(三日前)-1
一夜明けてみると、僕は学校の中で知らない人がいないほどの有名人になっていたらしい。それだけ、昨日の朝礼で話された事件が衝撃的であり、同時に、もう一つの事件が起こっていたらしいという風に話を結びつけることが、話を盛り上げるのに都合が良かったのだろう。
しかもそれは教師の知らないうちになされていたのだから、なおさら都合がいい。秘密は噂話にとっては嘲笑という隠し味を付け加える最高の調味料。大人はいつも境界線の外にいて、何もかもを知っているふりをしている。それを子供は秘密という宝物を腹に抱えてあざ笑うというわけ。
僕は、はっきりと周囲から疎外されるようになっていた。
朝教室に入っても、はやし立てるような声はもう聞こえず、挨拶をする相手はいなくて、しかし視線はまとわりついてくる。円環の中心にいるように、僕の周りは空白で、その周囲をクラスの人たちが取り巻いている。距離を置いて。
疎外されるようになったと言った。もともとそういう傾向があったのが、あからさまになったというだけの話でもある。
僕はもともと一人だったし、僕にあえて自分から近づこうとする人なんて、もともといやしなかった。しかし、言ってみれば周囲が空虚な存在で満たされていたというのと、周り全員が敵になったというのとでは、天と地ほどではなくても、水と氷くらいには差があるように思う。はやし立てることもなく人は離れていき、僕は望まなくても望んでいたとおりの孤独を手に入れた。
昼休みに図書室に行く度胸は持てず、校庭の端っこ、何のためにあるんだか分からない、積み上げられた古タイヤの上で寝そべって過ごしてみた。
なるほど、なかなかいい気分だった。本当に一人でいるというのは、全く気にする必要が周りになくて。単にそう自分に言い聞かせていたに過ぎなかったにしても。ただし、そんな風でいられたのはごく短い時間だけだった。
やがて寝そべって瞼越しに太陽を見ていた僕の耳に、ひそひそ話す声が聞こえてきた。単に遠い話し声が小さく聞こえたのではなくて、明らかにわざわざ僕の近くに来て、ひそひそと話をしていた。
僕にもそのときの内緒話の内容は、はっきりと聞こえていた。目を閉じて、寝たふりだかなんだかをしたまま、聞き耳を立てていた僕の耳に――というのは言葉の綾で、実際には、あえて聞こうとしなくても耳に入ってきたのだ。
本当は、耳をふさぐか、その場から逃げ出したかった。それができないほど、僕は意気地がなかったし、居場所を見つけるのが下手だった。残念ながら、もうそんなものはどこにもなかったのだ。
かつて時はあった、しかしもはやない――とはある小説からの引用だけれど、僕の人生に本当によく当てはまる一節だと思う。いつもいつも、気づいていながらもうどうしようもなくなるまで手をこまねいたままでいてしまい、結局全てを取り逃し、全てを失う。大げさな言い方かもしれないけれど、後になって、今こうして振り返ってみれば、その端緒はもうこのときに明らかに現れていたのだった。
一日中そんな状態だった。休み時間のたびに僕には視線がまとわりついた。ひそひそ話す話題の中に、いつも僕のことが、正確に言えば僕の家の前で起こった出来事があった。それが学校の周りでいくつも動物の死体が見つかった事件と結びつけられた。そして、その家から怒鳴り声がよく聞こえたということが話されているのが聞こえた。
その三つが結びつけらて、噂話のカクテルが作られていた。吐き気を催させ、悪酔いに導くだけの安酒。それを無理矢理こじ開けられた口の中に注ぎ込まれているような気分で、僕は、たとえどれだけ意識の中から追い出そうとしても、決して耳の中に飛び込んでくるのを抑えられずに聞こえてくる噂話に付き合わされた。




