(5)小波に追い詰められて(四日前)-2
帰りの会(これもなぜ存在するのかよく分からないもの)でも、朝礼の話は蒸し返された。不審な人、変な人には気をつけるように、もし変な人に絡まれたら大声を出すか、ランドセルにつけ(させられ)ている防犯ブザーを使うように。
これが僕にとってとどめの一撃になったというのは、言うまでもないと思う。教師が話をしている間に、クラス中が喧噪で満たされた。
その中で、僕の名前がささやかれていたのを、僕は聞き逃さなかった。聞き逃せなかった、と言うべきか。
前で話している教師の方は、そういうことには気づかなかったらしい。教師というのは、常に鈍感なものだと思う。少なくとも、僕があてがわれてきた教師はみんなそうだった。
感化されるような、あるいは尊敬に値すると少なくともそのときの年頃に思えたような教師は、一人もいなかった。余計な秘密を暴露したり、的が外れたやり方で子供のことを心配したりする割には、本質的な問題には気づかず、自分が生徒のこと、子供のことについて無知であるということに思いを向けようとはしない。そのせいで、追い詰められる生徒がいるということにはもちろん気づかない。このときの僕のように。
それは教師が善良かどうかとかいう問題とは全く別の話で、どちらかと言えば優秀さに直結したことであると思う。このとき僕のクラスの担任をしていた教師が優秀だったかどうかはどうでもいいし、記憶には残っていないのだから、たぶんどうとも感じていなかったのだろう。
重要なのは、このいくつかの動物の惨死という事件が、教師の知らない間に、教師の深刻さを伝えようとしている意図とは全く無関係に、教師の立場からすれば的外れもいいことに、一つの、生徒の家の前に横たわっていた猫の死体というものに、結びついてしまっていたということだ。
教師の話が終わっても、ひそひそ話は続いた。クラス中の視線が、僕にまとわりついているようだった。いや、視線というものを見ることができれば、実際にまとわりついていたのだろう。
ここでは二つの話、朝と夕の話が、まるで円環状にうまい具合につなぎ合わされていた。その円環の中では、もう一つの『事件』、教師だけがその存在を知らない『事件』が、ぎらぎら不愉快な光を放っていた。
その二つの事件、二つの『件』(なんとまあ不愉快な言い方だろう)は、僕の周囲にいた連中(僕と同じ年頃だった子供たち)の中で、分かちがたく結びついてしまっていた。
朝礼で話が始められたとき、それが僕のやってきたことを指していたのだと気づいた瞬間、胸がずきんとして、心臓が締め付けられる思いがした。心臓が、必要もないのに速く鼓動を初め、必要のない汗が額に浮かぶのを感じた。
耳と肌がこれ以上ないほど敏感になり、聞きたくもない声、感じたくもない喧噪を、全身で否応なしに感じさせられていた。僕の名前が、正確には名字がささやかれているのが明瞭に聞き取れた。誰の声かは分からないし、どこから発せられたのかも分からない。しかしそれは一度や二度ではなくて、喧噪が続いている間、僕は気が気ではなかった。
そしてその日の終わりになって、またその話が蒸し返されたことで、僕は完全に崖っぷちに立たされて、あとは一押しするだけというところにまで追い詰められていた。崖の下から、僕の名前が呼ばれている気がしたけれど、実はそれはクラスの中、すぐ近くから聞こえてきているのだった。
足下は今にも崩れ落ちて、真っ逆さまに落っこちてしまうのも時間の問題だったに違いない。
帰りの挨拶を終えると、僕は逃げるように教室を出ていった。何か冷笑のようなものが僕の背に浴びせられたような気がしたけれど、無視した。
いつものように、ではあった。しかし、そういうものが僕に与えてくる重みはそれまでとは全く違っていたし、いつもとは微妙に違っている理由で、僕は急いで教室から出たのだった。それは辺根さんに対する思いだった。
彼女ともし一緒に帰ったりしたら、一緒にいるところを見られたりしたら、僕にまとわりつく視線に、彼女まで巻き込んでしまうと思ったのだ。それだけは絶対に許されないに違いなかった。
だから僕は、決して彼女と歩く道が重なったりしないように、急いで教室を出て、帰り道をできるだけ早足で帰ったのだった。この日の三日前、金曜日にも、僕は同じように帰り道を急いだ。しかし、それは直面しなければならないもののためにではなく、まとわりつく視線、絡みつく噂という名の喧噪、重さを持ってつきまとう不安感から逃げるためですらなく、それに彼女を巻き込みたくないという思いのせいだった。
これまでも、彼女は僕のせいで苦しんでいるに違いないと思っていた。それがこの日に起きたこと、二つの事件が結びつけられたために、もっと強くなってしまうと僕は思った。だから、そこに彼女を巻き込まないために彼女を、言ってみれば教室に置き去りにすることが、僕にとっては最後に残った矜持だったのだ。




