(3)不快な失望(六日前)-2
僕は階段を降りきったところから、居間の様子をうかがった。窓に向かっている祖父の後ろ姿が見えた。
立って、腕を組んでいるらしい。そして、僕が聞いたこともないほどの調子でその怒りっぷりを露わにしながら、隣の家に向かってがなり立てていた。そしてその怒声に対して、時折、住人から言葉が返ってきているらしいのだけれど、そんなものを蹴散らすような勢いで、祖父は、わけの分からないことを言葉にして発し続けていた。
実を言えば、部屋で声がかすかに聞こえた瞬間、僕は後になって明瞭に知ることを、はっきりと予知していた。分かっていた。分かっていたけれど、その予知が外れることを願っていた。予知が正しいと知るのが、恐ろしかった。
実際、祖父の後ろ姿、がみがみ(これほどふさわしい擬音はない)と隣家の住人に向かって怒鳴り散らす様を見た瞬間に、心臓をわしづかみにされたかのように、一瞬で息が止まりそうになり、どうにもならないほどの苦しさを味わうことになった。
何を言っていたのか、一つ一つの言葉について細かくは覚えていないけれど、大筋のところは、予知の通りというか、わかりきっていた通りだったから、簡単に記憶の中に再現することができる。
隣の家は猫を飼っていた。想像も交えれば、たぶんその隣の家の人が、一昨日から昨日にかけてのこと(もはやどす黒い染みが残るのみ)について、何か祖父に言ったというか、声をかけたのがきっかけだろうと思う(非難とか、そういうものはおそらく一切なしで)。それによる微熱のせいで、あっさり祖父は沸点に達してしまったのだろう。
窓の向こうに当惑する隣の家の人の姿が見えたのが、くっきりと印象に残っている。祖父は一方的に、ひたすらあんな事態が起きたのは自分のせいではないこと、同じ事態が起きたらどうしてくれるのかということ、あんたがそういう事態の原因になり得るということ、野放しになっているせいでうち(うち!)がどれほど迷惑しているか、等々をわめき散らしていた。
聞かされている相手からすればお門違いもいいところだろうし、自己弁護めいたことまで含まれていた上に、なだめようと何か言いかけただけで、さらにわけの分からない怒鳴り声で返されるのだから、僕はその人がかわいそうで、そして申し訳なくて仕方がなかった。
祖父の怒声は延々と、唖然とするほど長い間続いた。本当にいつまでも続きそうで、いつか本格的に口論になり始めてしまうだろう、そうなったら、いよいよ致命的になってしまうと僕は悟った。
怒声が途切れた一瞬のタイミングを狙って、僕はわざと大きな足音を立てて居間に向かった。祖父がそれに気づいて、僕の方に振り返った。そして最後の一撃とばかりに捨て台詞を隣人に投げつけると、窓とカーテンをさっと閉めた。
何食わぬ顔で僕は『おはよう』と言い残してキッチンに向かって、自分の朝食の準備を始めた。祖父はどっかりソファーに腰を下ろしながら、ばつが悪そうな様子なんかは一切見せず、何事もなかったかのように『ああ、おはよう』と答えた。そしてテレビをつけ、ぶつぶつ何か言いながら、新聞を広げて読み始めた。
僕は平静を装って食卓について、牛乳の海に浮かんだシリアルをスプーンですくっていたけれど、内心では気が気ではなく、心臓はまだ激しく跳ね回っていた。
今度はこちらに怒鳴り込まれるんじゃないかということを考えてしまっていたからだ。あってもおかしくない、あり得る、ありそうだと思えた。
祖父はそうではなかったらしく、僕の心配などどこ吹く風と、新聞とテレビの相手をしていた(まだぶつぶつ何か言い続けて)。
僕が朝食を食べ終える頃、ようやく母が階段を降りてきた(足音の感じで見なくても分かる)。たぶんこのときにはまだ寝ていた父と同じく、僕が朝っぱらから出くわすことになった衝撃、鈍痛のことなんて、全く知らないまま。




