(3)不快な失望(六日前)-1
土曜日。この日の日付そのものは覚えていないけれど、曜日は記憶にある。分かっている日付から逆算すれば、九月三十日のはず。
朝から、部屋にこもってベッドの中でゲームをしていた。
父と母は、休みの日は起きてくるのが遅い。特に、僕に手がかからなくなってからはそういう傾向が露骨になった。仕方がないと思う。ウーティスも、この日は前の日から出歩いたりはせず、部屋の隅で丸まっていた(それはそれで危ないところもある気がするけれど)。
何もない日。そうなってくれればいいと、無意識のうちに思っていたに違いない。
しかしそういう思いが、僕の場合は機械仕掛けの神様によっていつも裏切られるものだということを、忘れてもいた。その原因も、当然予想されるべきものだったというのに。
僕はイヤホンをつけて、ゲームの音を聞いていた。休みの日にゲームに向かうときは、そうするのが常だった。特に、まだ隣の寝室で両親が寝入っている間は。
あまりベッドの中でごろごろ転がったりもしない。きしむ音を立てたくないからだ。布団が擦れ合う音も立てないように気を遣っていた時期もあったくらいに、僕は隣の部屋を気にしながら、遅い朝を過ごしていた。そういう僕の態度は、別に何かを恐れていたからそうするようになったというわけではない。ただ、他人を尊重するという意識が、たぶん、悪く言えば病的なほどになってしまっていただけのことだと思う。
そういう傾向はいつもあった。しかし僕の生活の中でそんな態度がどう影響していたとかいうような話は、今はどうでもいい。
重要なのは、その日のその瞬間、確か朝の八時半頃に、イヤホン越しに、何か騒がしい声が聞こえてきたという事実だけだ。
最初はゲームの音に紛れていたから、イヤホンの外から聞こえているのだということに気づけもしなかった。しかしそれが続いていくうちに(信じられないことに、長い時間続いていたのだ)、その正体はまだ分かっていなかったにしても、ある瞬間、ひどくぞっとする感覚を伴って、聞こえてはいけない声が僕の耳にかすかに届いているのだと気がついた。
僕はゲームを中断して、おそるおそるイヤホンを耳から外した。
声はまだ続いていた。より大きくその声は聞こえるようになったけれど、ドア越し、隔てる空間的距離越しにでは、まだ明瞭にはならなかった。しかし、どうやらその声が、今いる部屋からごく近いところ、つまりは家の中かすぐ外から発せられているということは分かった。
テレビの音だったりはしないのは間違いなかった。不明瞭でも、だんだんと僕は事態を把握していった。まずいことが起きているのだと、少しずつ理解していった。
ベッドの影で丸まって、目を閉じて静かに体を少しだけ上下させているウーティスの姿に一瞥くれて、ベッドから立ち上がった。
床に降りようとしたとき、ベッドがきしんでぎしりと音を立てた。忍び足で(スリッパを履いていては大して意味もない)ドアに近づき、手をノブにかけて開くと、蝶番が小さく、いつもより痛々しい悲鳴を上げた。
家の中は静かだった。階下から聞こえる声が途切れると、沈黙がその場を満たしていた。だが、その沈黙を破壊する声は、階段を一段降りるごとに明瞭になっていき、半分ほど下ったときには、僕は何が起こっているのかを完全に理解してしまっていた。祖父が、居間から外に向かって怒声を張り上げていたのだ。




