(2)すがる記憶(七日前)-5
辺根さんと帰り道を初めて一緒に歩いてから、この金曜日(パソコンのカレンダーを戻して確認してみると、九月二十九日だったということが分かる)までどのくらい時間がたったのか、正確にはよく分からない。間に夏休みが挟まっているから、余計に長く感じられているのは間違いない。
少なくともこの学年、小学校の最後の学年が始まって同じクラスに割り当てられてからであるには違いないから、僕たちが帰り道を、毎日ではないにせよ共にするようになってから、どんなに長くても五ヶ月半かそこらということになる。現実的な線としてはもっと短いだろう。
今その数字を前にすると、その期間は、長いようにも短いようにも感じられる。いずれにしても、僕はその数字に、数字が表す思い出にすがろうとした。だからこの日、僕は昼休みに入るとすぐに、図書室に行った。
彼女はまだいなかった。そりゃそうだろう。
僕は文庫本が詰められた書架に向かった。そこに並んでいるのは、ほとんどが僕のリクエストしたものだった。そして半分近くはまだ手をつけてもいなかった。その中の一冊に手を取ってぺらぺらとめくり、たいていは末尾につけられている訳者解説を少しだけ読んではまた書架に戻すということを繰り返した。辺根さんが図書室に現れるまで。
彼女はいつも通りの様子で、ゆっくりと入り口の引き戸を開けて、図書室に入ってきた。
嘘だ。僕はいつも座っていて、彼女が図書室に入ってくる様子なんて見ていなかったのだから、いつも通りだったかどうかなんて分からない。つまり、図書室にちょうど入ってきたところの彼女と目を合わせたというのも、初めて経験することだった。
彼女は何も言わずにそのまま歩いてきて、僕の後ろを通り過ぎて、書架の間に入っていき、僕の視界から消えた。
僕は一瞬、その歩みを追いかけようとして、すぐにやめた。ひどく心臓の鼓動が早まっていた。僕は、初めて辺根さんと同じ机についた日と同じ文庫本を手にして、いつもの指定席に座った。
あの日と、いくつかのことが同じだった。あえてそうしたこともあれば、偶然そうなったこともあった。戻ってきた辺根さんは、あの日とは違う本を、ハードカヴァーの分厚い本を右手に持っていた。
僕はちらりと見えた背表紙に書かれていた題名を、しっかりと記憶しておくことにした。ちょうど、『記憶』という言葉がその題名に含まれていた。後になってから僕自身手に取って読んでみたところでは、どうやらそれはある作家の自伝らしく、少し読んだだけで頭と目がくらくらしてきそうなものだった。そんなものを読む彼女の姿の『記憶』を、僕は尊敬と懐かしさによって彩られたものとして僕は思い出すことができる。
彼女が、僕の席の対角に座った。あの日、初めて一緒の時を図書室で過ごした時とは、ちょうど席が逆になっていた。一緒に帰り道を歩くときの距離感に比べれば、少し遠い。僕は彼女が本を開くのと同時に口を開いた。
彼女は、少しはっとしたように顔を上げて僕の方を見た。僕が話しかけることを、全く予想していなかったというそぶりだった。実際、そうするのは初めてだった。
その日には初めて、彼女の顔を正面から見た。何度も見てきた丸い顔。くりくりした目。その日には、結ばれていなかった髪。金太郎。彼女を揶揄するクラスメイトの声。このときに聞こえたわけではない。教室の喧噪の一部として聞こえていた声だった。
何も言わない彼女。憤懣。僕の心の中でわき上がった一つの泡。
どうということを話したわけでもない。確か、そのとき読んでいた本についてのことだったと思う。彼女が読んでいたものを、僕はそのときにはまだ手に取ったこともなかったし、彼女も読み始めたばかりだったから、そもそもろくに話せることもなかった。しかしやがて、彼女も僕に対して今何を読んでいるのかを尋ね、僕は文庫本の表紙を見せて答えた。彼女は、
――また読んでるんだ(半分くらいの疑問符)。
半ばあきれたように、半ば感心したように、静かにそう言った。本当のことを言えば、このときには読んでなんていなかったのだけれど。
本を読む気なんて、実のところ最初から無かった。彼女が来なかったら、いつまでも読んでいるふりをしていただろう。つまり、僕はただ彼女を待っていた。




