(6)のしかかる影-5
動きを封じられた僕は、がたがたと震え出しそうだったけれど、思考は冷静だった。意味のない冷静さだったのだけれど。
何しろ、考えて分かってくるのは、自分が置かれている状況のまずさと、目の前にいて、近づきつつある化け物の不気味さばかりだったからだ。後者をどうにか隅に置いておいて、僕はどうすればいいかを考えた。
思考の筋道をたどっていくようにして見えたのは、選択肢が一つしかないという馬鹿げた事実だった。
僕は考えた。まず、こいつにあの『必殺技』が有効かどうかを考えてみた。
結論は『分からない』。しかし他に手段はないのだから、使わざるを得ないには違いなかった。
そこで次に考えたのは、一番有効に使うにはどうすればいいかということだった。本気を出して使う必要があるだろうけれど、そうすれば素っ裸になり(素っ裸でその化け物に触れるというようなことを考えたとき、それまでにないほどぞっとした)、『力』もなくなってしまう。頼れるんだか分からないけれど、ウーティスもいない。だから、一撃で仕留める方法を考えなければならない。
そういう確信が持てればいいけれど、確信にまでは至らなくても、考えられる最善の、最高の方法を使う必要があった。ない頭で知恵を絞って、あるいは貧相な想像力が醸した沈殿物に頼って、僕は方法を、あるいはこの事態にけりをつけるシナリオを考えた。
僕は大の字(足はそこまで開いていないから、十の字と言う方が近いかもしれない)の形に拘束されていた。全身にまとわりつく糸は、衣装の隙間の肌に触れた感触からしてあまりにも粘っこくて、まさしく文字通りというかその言葉の音の通りに、僕の体にまとわりついていた。
僕はゆっくりと迫ってくる化け物を、本当は見たくもないその化け物を見据え、また一つ寒気が背筋を伝っていくのを感じながら、もつれ合った糸に絡め取られていた手足を動かしてみた。まだどうにか少しは動ける、そして一度力を入れてみようとした瞬間、僕の視界に全く予想していなかったものが飛び込んできた。
それは人間の姿だった。もう日が落ちかけた空の下、ちょうどその化け物の頭上(言葉の綾)に、人影が浮かんでいた。
僕と同じくらいの年頃に見えた。その様子はあまり判然としなかったけれど、背格好は僕とそう変わらないように見えた。
その姿を描写するには明かりも僕の記憶も足りないけれど、どうやら腕組みをして直立しているらしかった。
顔がはっきり見えなかったのは暗かったからだけではなく、その前髪が目元近くまで達していたからだ。長髪と言うほどではなかったけれど、顎のあたりまでの長さはあった。
長いスカーフのようなものを首に巻いていて、気まぐれな風がそれを時々なびかせていた。一緒に前髪も。そうするとそいつの顔がはっきりと姿を現して、薄暗い中、その目がわずかな光をしっかりと反射してとらえ、爛々と輝いているのが見えた。
遠くて、しかも暗い中で見ると、顔つきまで僕に似ているような気がした。しかし目つきは僕よりもずっと鋭くて、そのせいで表情は驚くほど険しいものに見えた。
もっとも、驚くほどとは言ったけれど、表情そのものには僕は驚かなかった。そんな筋合いがなかったのだから。むしろ驚いたというか僕の注意が向いたのはそいつの片方の目(たぶん右目だったと思う)だけが光っていたという事実だった。
もう片方の目には光がなく、斜めに瞼をまたぐ大きな傷跡が走っていて、完全にその目はつぶれてしまっていたのだ。




