(6)のしかかる影-4
そいつが、あの虫がよくやるがさがさ動いたと思ったらぴたりと止まるという歩き方で僕の方に近づいてくるのが分かると、僕はほとんど反射的に荷物を放り捨て、あのかけ声を発した。
服は破り散らされてしまったけれど、僕はあの赤いスーツを身にまとい、顔にはマスク、股間を隠すパレオにマントも装備して、準備万端というわけだ。格好の上では、格好の上だけでは。
そしてウーティスの姿を探したけれど、いつの間にか見えなくなっていた。何を期待できるはずもないのにそんなことをしたのは、とにかくその化け物から目をそらしたかったのかもしれない。
もっとも、『変身』したところで、全身の肌が粟立って、背筋が凍るのはどうにもならなかった。化け物が一歩ずつ迫ってくるたびに立てる重々しく生々しい音のせいでもあり、僕をにらむ六つの目と、うごめく口の不気味さのせいでもある。
僕は『変身』はしたけれど、どうすればいいのか全く分からずに固まっていた。忌むべき化け物を前にして、自分から動く勇気が持てなかった。
化け物と目が合った気がした次の瞬間、ぐちゃぐちゃとひときわ不快な音が鳴って、その口――皺が寄って、隙間から粘液が染み出ている――がすぼまるのが見えた。そして僕はまずいと悟って、横に転げて身をかわした。
僕の体を何かがかすめ、倒れていたテーブルに当たってべちゃっと音を立てた。どろりとした粘液の塊だった。
ぶちまけられたそれを見て、僕は青ざめた。あるいは血の気が引いた。自分が、とてつもなく恐ろしいもの、グロテスクなものに今現在直面していて、さらに最悪な目が待っているのだという事実を認識させられて。
化け物が僕の方に近づきながらまた口をすぼめたのを見て、僕は慌てて転げ回りながら逃げた。粘液が次々に飛んできた。僕はとにかく、その化け物から離れたかった。そのために、僕に与えられた力を使おうとしていた、というか、実際に一時は使っていた。
それでも、ウーティスの言葉を借りれば、『使命』とか『役割』だとかを忘れたわけではなかった。だからこそ、自分が直面しなければならないものが、ひたすらに恐ろしかった。
触れるのも、いや、見るのも嫌だった。だから僕は逃げた。逃げられないこと、逃げてはいけないことは分かっていたはずだったのだけれど、僕は逃げた。とにかく離れたかった――これは一時的なことなんだと自分に言い聞かせて。
とにかく、フェアウェイ(見る影もなく伸び放題の雑草に覆い隠されている)を抜けて、林に入ろうと思った。そうすれば身を隠せるし、向こうは入ってこられないだろうから有利になると考えて。
しかし、それがその化け物の狙いだったらしい。僕は逃げること、走ることに夢中になっていて、樹木の間のつやつやとしたきらめきに気づかなかった。
やっと距離をとれたと思ったときには、全身にそれがまとわりついていて、僕の体は、木々の間に張り巡らされた糸で作られた網の中に、すっかりとらえられてしまっていたのだ。
頭の思考が一瞬途絶え、背筋を寒気が伝っていった。心臓のあたりで、何かが溶け出したような感触が後に続いた。
僕はどうにか身動きを取ろうとしたけれど、その糸は僕が動くたびにかえってよじり合わされていってしまい、ますます拘束する力を強くしていった。
罠に狙い通りにはまったからか、化け物はじらすようにゆっくりと僕に近づいてきた。クラブハウスからテーブルや椅子を派手に蹴散らしながら這い出ると、その全容が、否応なく僕の肝を冷やさせた。
化け物は、僕の当初の思惑を平然と裏切って、林にまで入り込んできた。八本の足をうごめかせて、時には木をなぎ倒し、時には窮屈そうに木の間に差し入れながら、腹を引きずって。がさがさ、ずりずり、みしみし、ばりんばりんと、ありとあらゆる不快な音を立てながら。
ぎょろりと、六つの目は僕の方に向いている。動く構造を持っているのかどうかも分からなかったけれど、そう見えた。その目つきが、また僕の背筋を凍らせた。




