(6)のしかかる影-3
無駄話が過ぎた。
とにかく、僕はウーティスの後を追いかけた。ランドセルをばたばた上下左右に揺らしまくり、プールバッグは紐がちぎれそうになるくらいに振り回しながら。
そしてウーティスに連れて行かれたのは、通学路をだいぶ外れて、その上かなり走らされたところで、幹線道路の下をくぐった先にある、閉鎖されてだいぶ経つ(らしい)ゴルフ場だった。
錆だらけのゲートをよじ登って乗り越え(足をかける場所もなかったのでかなり苦労をしたあげく、着地したときに転げ回って擦り傷だらけになり、僕はほとんど泣きそうだった)、僕はそこに足を踏み入れた。
雑草が伸び放題の、ほとんど道と認識できもしない道を上がっていき、林を抜けた先で、ウーティスが待っていた。やれやれ待ちくたびれたと言わんばかりに僕に一瞥くれると、ウーティスはまた駆け出した。
その先にあったのは、二階建ての大きなレストランのような(僕にはそう見えた)外観をかろうじて保っている、もう何年も人の手も足も触れられていないことが一目瞭然の、もうどうしようもないという感じの建物だった。どうやらそれは、そのゴルフ場のクラブハウスというものだったらしい(それが何なのかは今も全く知らない)。
――ほら、こっちだよ。
ウーティスに導かれて、僕はガラスの全く残っていない開けた窓から、その建物の中に入った。まだ日が落ちていなかったので外は明るかったけれど、何の灯明もない中を一歩進むごとに、一気に闇が濃くなっていって、ほとんど先が見通せなかった。
それでも目をこらしてかろうじて分かったのは、そこがどうやら食堂のような場所らしいということだった。椅子に囲まれた丸いテーブルが、いくつも並んでいた。
ウーティスは、そのずっと奥を見つめているらしかった。僕はそれに導かれて(しかし恐る恐る)目線を上げていき、闇の中に目を向けた。
僕がそこで何を見たのか、要するにそれは化け物だったのだけれど、それは後にも先にもないほどにおぞましく、少なくとも僕にとっては見た目の上ではもっとも恐ろしい姿をしていた。何か、ひどく生臭い匂いがしたのを覚えている。
――ほら、あれだよ、化け物。早くしないとまずいことになる。分かるでしょ?さっさと倒してしまいなよ!
ウーティスに導かれた僕の視線の先に何がいたのか、思い出すのもおぞましいのだけれど、たぶん必要があるだろうから、できるだけ詳しくここに述べてみよう。
全体は黒っぽく、その口に生えている牙のようなものは白かったりした。その牙、左右一対の牙はくちゃくちゃと音を立てながらうごめき、白く泡だった粘液状の何かが、そこからしたたり落ちていた。
異様な静けさの中、その不愉快にもほどがある音が、嫌になるくらいにはっきりと耳に届いていた。足が八本あったのをよく覚えている。見た光景として覚えていなくたって、そいつの姿からすれば八本あって当然だった。全長を考えてみれば、想像に過ぎないけれど、たぶん二十メートル近くあったと思う。
広げた脚の端から端までは、もっと広いだろう。全身には細かな(と言っても、とんでもない大きさなのだけれど)毛が生えていて、同時に何か粘液状の物で覆われて黒光りし、尻というか、胴体の部分は大きく膨らんでいた。
足があっても、どうやらその胴体を支えきれていないらしく、ずりずりと引きずって、僕の方に少しずつ向かってきていた。ここまで言えば分かるだろうけれど、そいつは、とてつもなく巨大な蜘蛛だったのだ。
僕がそれまでに見てきた中では一番苦手で、一番恐ろしくて、一番嫌いな生き物だった。それが、とてつもなく巨大な姿で、僕の前にいた。
だいぶ後になってから、ある南の方の島に旅行をしたとき、宿の部屋に窓から入り込んできたのも手のひらをすっかり覆ってしまうくらい大きくて飛び上がるほど驚き、恐ろしくて宿の人を呼んでしまったくらいだったけれど(その人は「毒はありませんから」と言ってこともなげにそいつを扱い、窓から追い出した。僕は下着姿で震えだしそうなほどおびえていて、これ以上ないほど情けなく、みっともない姿だったろう)、そんなのとは比べものにならないほどの大きさだった。何しろ、僕の目の前にいたのは、間違いなく化け物だったのだから。
ついでに、そいつの複眼(たぶん言葉の使い方は間違っている)、六つほどの目が、僕の方を向いているのが分かった。
リアリティがないというのは、実際それに相対していた僕自身もそう感じていたのだから仕方がないと思う。
できるだけおぞましい姿を、そんなものが目の前に現れたと想像してみてほしい。想像してもらえなければ、僕もそいつも、僕のいるこの世界も存在しないのだから。




