(6)のしかかる影-2
交差点で彼女が歩いていくのを見送って、横断歩道を渡り終わると、その先、家を建てられる前の草が生え放題の空き地に、どこからか躍り出たウーティスが姿を見せた。
――待ってたよ、シズカ。
――今度は、何。
疑問符をつけずに言ったのは、その答えに、少なくとも何一つ期待することなどないと分かりきっていたからだ。きっと僕の表情も、辺根さんと歩いていたとき、その余韻に浸ろうとしていた直前のものとは、似ても似つかないものに変形してしまっていただろう。
僕はウーティスから目をそらして、家に向かってまた歩き出した。ウーティスが僕の足下に、四つ足で歩いてついてきた。
――楽しそうだったじゃないか。
――見てたの?
――邪魔しちゃいけないと思ってさ。
――ずいぶん、気が長いんだね。
――そうでもないんだ。やっかいなことになってる。
――いつものことだろ。(ここでも疑問符はなし)
――いつもよりも、ずっとさ。だから、しっかり心の準備をしてもらわなくちゃいけないんだ。こっちだよ!
ウーティスが、躊躇とか確認とかそういう様子を一切見せずに、後足で地面を蹴って道路に飛び出した。僕もそれに続いた――ただし、左右をしっかりと見回してから。
僕はウーティスの後を追いかけた。その間、誰にもウーティスの姿は見られなかったらしい。馬鹿馬鹿しいくらいに都合の良い偶然で、僕もそれに助けられたわけだ――訳の分からないものを必死になって追いかけるという、奇怪な姿を見られなくて。
思い返してみると、これが、逃げ出す最後のチャンスだったのだと思う。
ここまでは紆余曲折あったというか落とし穴にはまりながら走り抜けてきて、このときにはちょうど特大の落とし穴にはまりかけ、僕はその中に大切にしまい込んでいたはずの宝物を落っことしたというわけだ。しかしそれは、人生における、いわば利子のようなもので、できすぎた取り分といったところだろう。そう考えでもしないと失ったことに納得ができない。
ともかく、そうやって僕は、突然僕の前に現れた悪路をどうにか突破してきた。その先に何が待ち受けているのかも知らず、この瞬間のように、ウーティスという僕の生活への闖入者の後を追って。言われるがままに追いかけて。
しかし、いつだって逃げ出すことはできたはずだった。僕には『前任者』がいたのだから、その人と同じようにすることだってできたはずだった。
『前任者』のことは、結局最後まで何一つ分からなかったけれど、ともかくその人は僕と同じ役目をウーティスから与えられて、あるところまでは到達したはずだ。しかしそこで役目を、終えたのか放棄したのか、ともかくその役目から解放された。そしてウーティスが僕を見つけて、その役目を今度は僕に与えた。
『前任者』がしたように、役目から離れることだって、僕には間違いなくできたはずなのだ。それも、いつだって。
そうしなかったのは、なぜなのだろうか? いつの間にか、もはや抜け出すことのできない泥沼にはまりこんでいたのだろうか?
少なくとも、僕を取り巻いていた現実が、簡単に振り払えないものに変質して、僕にまとわりついていたのは間違いない。それを振りほどくことが、僕にはできなかったわけだ。あえてしなかったと言うこともできる。
なぜしなかったのか、理由の一端は、僕の責任感というか使命感というか、そういうもののせいだと思う。子供じみた考え――何ができるというわけでもないのに、いや、何ができるのかを知らないくせに、そんなものを抱いていたのだろう。
僕は無力だった。それを思い知るのは、もう少し後、最後の最後になってからなのだけれど。




