(5)ヒーローの挫折-5
翌朝僕は、判決、じゃなくて、言いつけに従って、それまでよりも少しだけ早く家を出た。いちいち祖父が『ちゃんと学校に行くんだぞ』という、どこか的を外した言葉を僕の背中に向かって発したときには、一瞬にして心の入れ物がいらだちであふれそうになったけれど、歯を食いしばって我慢した。
ところで言いつけに従ったと述べたけれど、実はこの朝だけは嘘だった。
家を出てから隠れて集団登校をやり過ごし、鹿屋さんが待っていてくれているはずの、いつもの――それまでの、いつもの――待ち合わせ場所、神社の階段の足下に向かった。
果たしてそこには鹿屋さんがいた。全くそれまでの通りに、何も変わった様子もなく、当然のように、何も変わりようがないかのように、一日の空白なんてなかったかのように、彼女はただそこにいた。
走ってきた僕の様子を見て、彼女は少しだけ怪訝そうな顔していた。
――大丈夫?
こんなことまで言われるほど、僕の息は荒かったらしい。確かに、これに答えるまで、何度も息を飲み込んで、ぜいぜい喘いでいたように記憶している。
――だ、大丈夫です……あ、あの、それより、
僕はまだ息が落ち着かず、鹿屋さんが何かのために手を上げようとした。たぶん、背中をさするとか、そういうことをしようと思ってくれたのだろう。でも結局その手は何に使われることもなく、元の場所に戻っていった。
――そんなことより、その……昨日、ごめんなさい。
――昨日? ああ……別に、私はいいんだけど。何かあったの?
僕は、『何があった』のかを言うわけにはいかないということに、このときになって初めて気がついた。同時に、言ってしまっても、鹿屋さんなら受け入れてくれるのかもしれないという、全く根拠のない誘惑を感じた。
それをどうにか拒絶できるくらいには、僕は馬鹿ではなかった。
――い、いえ、何でもないんです。それよりも……
僕がもごもごと口ごもっている間、頭の中に用意していた台詞がどこかに行ってしまって、それを探している間、その台詞を口にするのをためらっている間、彼女は辛抱強く待っていてくれた。
きょとんとした彼女の顔が、僕の胸にぐさりと突き刺さった。断頭台に吊るされた刃がぎらりと光った。
僕は意を決して、昨日父に何を言われたのか、どうするように言われたのかを話した。しどろもどろに、頭の中でぐしゃぐしゃのばらんばらんになった言葉をどうにかつなぎ合わせて。しかも、肝心なところ(僕の『ヒーロー』稼業)には触れずに話を組み立てなければならなかった。
それでも彼女には伝わったらしく、いや、解ろうとしてくれたから解ってくれたらしく、最後の言葉を、
――だから、その……明日から、もう……ここに、来れなくなりました。
こんな風に言ったときに、彼女は
――そっか。
と答えて、少しだけ、本当にほんの少しだけ、目を伏せるようにして寂しげな様子を見せてくれた気がした。きっと、僕にしか見分けられはしなかっただろう。
――ごめんね。私のせいで、怒られちゃったんだ。
――いや、そんなこと……僕が、うまくできなかったからなんで……本当に、今まで、あの、ありがとうございました。それから、ごめんなさい、ずっと、僕なんかに、付き合わせてしまって……
――ううん、こちらこそ、ありがとう。私は、楽しかったな。毎朝、友利くんに会って、話せるのが。
涙が目にたまっていくのが分かった。そしてすぐにあふれて、こぼれ落ちた。僕はそれを隠そうとしてうつむいたけれど、わき上がってくる嗚咽のせいで、全くどうにもならなかった。




