(5)ヒーローの挫折-3
僕は時刻の分かる物を持っていなかったから、とにかく急ごうという気にはなったけれど、悲鳴を上げる心臓と肺に負けて、根拠なくまだ大丈夫だろうと思うことにして、少し走っては歩き、ということを繰り返した結果、学校に着いたときには二時間目が始まるところだった。
こんな状況は、なかなかの問題だった。漫画のように、どやされて懲罰を受ければ放免というわけには行かないのだから。
学校ではそう終わったところで(どやされもしなかったし、漫画のような懲罰も受けなかったけれど。むしろ、学校では泥だらけの僕の格好に対する先生の反応の方が面倒だった)、家庭の問題というやつが顔を出した。クラス担任の先生は、ちょうど僕が学校に着く少し前に、つまり一時間目が終わってすぐ、僕の家に電話をかけていたらしい。それには祖父が出た――その時間に家にいるのはその一人だけなのだから。
僕はその日、放課後、まっすぐ家に帰った。そして僕が家に帰り着くのを、祖父が待ち受けていた。そして学校からの電話のことを持ち出して、いったい朝早くから家を出て何をしていたのかと大騒ぎして、僕を問い詰めた。僕はさっさと部屋に閉じこもりたかったけれど、兄の部屋とは違って鍵をかけられないから、それはあきらめざるを得なかった。
祖父の反応は、ほとんど予想通りのものだった。それに何も言えなかったのは、帰り道を歩いている間ずっと考えても、全くもっともらしい作り話をでっち上げることができなかったからだ。
その結果僕の口をついて出たのは、『学校に行きたくなかったからぶらぶらしてた』とかなんとか、要領を得ない話ばかりだった。しかしそういう話の中の、たとえば『学校に行きたくない』とかいう文句をとらえて、祖父はまた問題の審理を最初から蒸し返した。
墓穴を掘るとはこういうことかといらだちながら、とにかくこの場から逃げ出したかった僕は、ああそういえば鹿屋さんに今日は待ちぼうけを食らわせてしまったな、などということを、心ここにあらずといった状態でぼんやりと考えていた。僕にとってはそっちの方が、祖父の大騒ぎよりもずっと重要だったわけだ。
ひとしきり嵐が過ぎ去ると、解放された一瞬の隙を突いて、とりあえず部屋に閉じこもることができた。窓の外に待ち構えていたウーティスを部屋に入れてやって、菓子の袋を投げつけるように渡し、僕はベッドに潜り込んでゲームを始めた。何も考えられないときには、ゲームに限る。少なくとも、僕の場合は。
しかし部屋に閉じこもったって、鍵がかけられる訳ではないのだから、絶対安心とは言えない。まして、父が高校生の頃に自分の部屋に飾っていたロックバンドのギタリストのポスターを、父が知らない間にはがしていたなどという話を知っていたりすれば。
しかしとりあえずこのときは、祖父とのやりとりを遮断することはできた。後になってからもう一度蒸し返すことができると祖父が思っていたからだろうし、僕だって、この後にたぶんもっとまずいことが待っているんだろうということぐらいは分かっていた。
だとしても、とにかくこのときは目の前の状況から逃げたかった。そのために、鼻持ちならないウーティスに当たり散らすことも忘れて、ゲームに没頭することにした――そんな風に意識していては没頭なんてできるわけがないということをひしひしと感じながら。
幸い(本当に?)、その日のその後にはウーティスの『お呼び出し』はなく、僕がベッドから這い出たのは、日が落ちきった頃だった。夕食を作らなければならない。
祖父と顔を合わせることになるのは嫌だったけれど、食事は、と言うよりも、食事の支度という習慣は、こなさなければならなかった。
祖父と二人だけの食卓では、一言の会話もなかった。詰問の続きは、後にとっておかれていた。つまり、父と母がそろうまで。僕はその間ずっと部屋に閉じこもって、またゲームに向かっていた。両親が家に帰ってきた時間は、そろって九時を過ぎていた。




