↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼きヒーローの肖像 ―A portrait of the hero as a young boy―  作者: 入江晶
第二部 ヒーローと少年の二重露出
PR
38/93

(5)ヒーローの挫折-1

 一番うまくいった話をしたのだから、次は一番、ではなくても、うまくいかなかった方の話をする必要があるのかもしれない。


 というか、そんな対比の必要があろうとなかろうと、述べなければいけないことがある。何しろここでは僕の打ち明け話にとって、とても重要な場面が現れるのだから。


 ウーティスは僕を、僕が変身した姿を『ヒーロー』と言った。しかし事態は、僕が初めのうちに『ヒーロー』という言葉から連想したものよりもずっと、何というか、現実的で実務的だった。


 都合のいい偶然は起こってくれないし、僕には一人の仲間もいなかった。身を守らなければならないのは、化け物からというのはもちろんだけれど、もっと卑小なレベルの話の方がずっと深刻だった。


 プールバッグの中身を使うハメになってしまったのは一度や二度ではなかった。そのたびに減っていくタンスの中身についてごまかすことの方が、怪物にかみつかれたり食いつかれたり爪や牙を突き立てられたり引きずり回されたりしてできた傷をごまかすよりも、僕にとっては遙かにやっかいだった。


 幸い、年齢のおかげで傷の治りも早かったし。むしろ、予防策として、衣服に無頓着で母が買ってくる服や兄のお下がりを着て満足していた僕にしては超がつくほど珍しいことに、買い物について行ってそこで服をねだるということの方に苦労させられた。


 僕は、自分の身に起きた変化あるいは置かされた境遇を隠し通す気だった。最終的なことを先取りして言ってしまえば、それはほぼ達成されることになる。ほぼ。


 僕は『ヒーロー』としての自分を隠そうとした。今になってなぜかと問うと、驚くことに、単に(あの衣装が、だけでなく)恥ずかしいという以外に明確な理由がないのだと気づく。


 しかしともかく僕にとっては、映画に出てくるようなテレビカメラの前でインタビューに答える『ヒーロー』像なんて論外だった。僕はもっと卑小な存在だと感じていたし、今も思っている。ただそれだけのことだ。


 第一、話を広げて、つまりもっと大事にしたとして、どうなっただろうか。警察沙汰にしてみようか。僕は笑いものになり、頭のイカれたやつにふさわしい扱いを受けることになるだろう。


 目の前で『変身』して見せようか、あの間抜けなかけ声をあげて。そりゃ結構。自分の裸を衆人環視の前でさらすのはさぞ気持ちのいいことだろう。僕はそれを拒むくらいに、年齢の割に利口だったか、あるいは年齢相応に馬鹿だった。


 ともかく、僕は自分の『ヒーロー』としての活動(変な言い方だ)が自分の生活、その原則を侵食していくのを恐れ、拒もうとした。僕のそれまでの生活という世界を、『ヒーロー』としての役目という嵐が襲って、僕はその嵐が過ぎ去るまで、あちこちで雨漏りがする屋根やがたがた震えて風がびゅうびゅう吹き込む窓枠をどうにか補修しようとかけずり回っていた。


 そんな気持ちだったし、僕のおびえぶりや慌てぶりは、実際そんな様子だったと思う。補修の材料は嘘という漆喰で、僕自身唖然とするほどに、もろかった。補修した跡には次々に穴が開いて、そのたびに僕の背筋は凍った。


 嵐はいつまでも居座った。その嵐の中心には、僕の部屋の隅に陣取るウーティスがいた。


 さて、生活を嘘で塗り固めた結果、僕は遅くなるまで、時には夕食後の時間にも探検したり遊びに出かける不良ということになった。その変わりようは、僕の生活の全てに疑念を向けられるほどだった。


 僕はそれまでは、少なくとも夜に出歩いたりよからぬ連中と付き合ったりなんて様子は影も見せない、まじめな良い子ちゃんだった。別にあえてそう演じていたわけではなくて、普通にしていたら普通の人間になっていたというだけのことだった。


 そういう原則に一つ違反するだけで、僕の生活は、脱線した列車か何かのように、大騒ぎにさらされた。


 もっとも、騒ぎまくったのは祖父ばかりで、父と母は、そこまで口うるさくはしなかった。二人からは、ため息交じりに少し説教されたくらいで放免された。そこに見えたのは信頼というよりは諦念だったような気がしたけれど、その頃の僕にとっては、年齢の意味でも、状況においても、そんなことを気にできなかったと思う。


 問題なのは祖父の方で、僕にというよりは父と母に、僕に対する監督態度について叱責した。おかげで、せっかく珍しく四人そろった食卓が、最悪の雰囲気になったりした。


 父と母は生返事で返し、祖父はそれで満足し、僕は何も言わず、その後は何の会話も起こらないまま食事を終えた。祖父が自分の和室に引き上げ、僕は居間でテレビを見ているふりをしていると、食卓に座って新聞を広げていた父が、「心配になるから、ほどほどにな」というようなことを言うのが聞こえた。僕は「うん」とだけ答えた。それ以上追求がなかったのは、僕にとっては都合が良かっただろう。何を言ったって、つまりは本当のことをいくら言ったって、理解なんてされようがないに決まっていたのだから。


 そしてウーティスも、あるいはあいつが見つけてくる状況も、こんな僕の事情を分かってくれはしないのだということがはっきりしていたから、僕はただ静かにため息をついたのだった。気が重かった、だけど、この程度ならたいしたことはないという気もしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。