(4)ヒーローの日常-5
――何してんの、早くしなって!
ウーティスが叫んだ。僕はもう破れかぶれになって、思い切って床を蹴り、そいつに向かって駆け出した。そしてうずくまって痙攣する馬鹿でかいネズミを、サッカーボールのように思い切り蹴飛ばした。
その感触は、思ったよりも固いものだった。蹴った瞬間に、水風船が破裂するような、真っ赤でスプラッターな光景が頭に浮かんだけれど、現実がすぐにそれに取って代わった。
思っていたよりも遙かに頑丈だった化け物は冗談じみた勢いで回転しながら吹き飛び、たぶんコンクリートでできた壁に激突した。ばらばらとそんな壁が崩れ落ちた。
化け物は、大きく崩れた壁の足下にぶっ倒れていた。しかし痙攣はまだ続いていて、ゆっくりと起き上がろうとしているところだった。
――ちんたらやってる暇はないよ! さっさと終わらせなきゃ!
ウーティスの甲高い声が後ろから響いた。よくあの小さな体から、そんな、この空間全体に響き渡るかのような声が出せるものだと思いながら、僕はああその通りだと口には出さずに答え、両手を開いて静かに打ち合わせた。その手は少しだけ震えていた。蹴り飛ばしたときの感覚、その前に抱いていた嫌悪感の残響が、まだ僕の体に残っていたのだ。
――カリュブ、ディシーラ……
口にするのも馬鹿馬鹿しくなるような文句も、あの『変身』の言葉と同じように、不思議になめらかに動く舌に導かれて、スムーズに口から発せられた。
ゆっくりと両手を、今はこのくらいで十分だろうというくらいまで、つまり、初めてそれを使ったときのように両腕を開けるだけ開くのではなく、手の間に現れた光球がビーチボールくらいの大きさになるまで放すと、大げさに光球を担ぎ上げ、化け物に向かって、
――ストォーム!
最後の言葉を叫ぶのと同時に、思い切りぶん投げた。
次の瞬間、光球は化け物のいた場所に着弾し、爆発が起こった。轟音とともに光が炸裂し、壁を吹き飛ばして、人が楽々通れるくらいの大穴が開いた。
そこにはもう、あの化け物は文字通り跡形もなく、周りにばらばらと、軽く、そしてどこか湿ったような音とともに降り注ぐ、破片になってしまったらしい。
花火のような匂いの中に、かすかに、生臭い匂いが混じった気がした。気分の悪くなる匂い、臭気。僕の体にも降り注ぐその破片が何からできているか、考えないようにした。
――さすが。やれるときはやるじゃん、シズカ。
足下で、僕を見上げながらウーティスが言った。力を抑えてあの『必殺技』を使ったおかげか、このときは、身に着けている衣装(間抜けな言い方だ)が消えてなくなったりはしなかった。もっとも、僕はこの一瞬の間に息が上がり、ぜいぜい言って、首筋は汗でべっとりとして、しずくになって流れ落ちる寸前だったのだけれど。
ウーティスが僕の前に躍り出て、その角を光らせた。その光に導かれるように、周りに散らばった破片からたくさんの小さな光の粒が現れ、次々にウーティスの角へ飛び込んでいった。
このときにはまだ見るのは二度目だったから、その不思議な光景の美しさ、つまりは目を閉じて何かを拝むように厳かにたたずむウーティス、というか形容しがたい生き物、妖精(不似合いな言葉だと知るのはもっと後になって、そいつの狡知を知るようになってからのこと)と、それを取り巻く浮遊する淡い光の粒という光景の美しさを、強くはっきりと、認識することができていた。
このすぐ後にはこの光景を見るのがほとんど習慣になり、飽きるほど見させられ、うんざりすることになったのだから、こうやってその美しさをまともに感じ取れたのは、ほんの少しの間でしかなかったわけだ。




