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幼きヒーローの肖像 ―A portrait of the hero as a young boy―  作者: 入江晶
第二部 ヒーローと少年の二重露出
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(3)憧れの始まり-2

 それは六年生になって二ヶ月ほどした頃で、つまりウーティスとの出会いの三ヶ月ほど前のことだった。


 確か土曜日の夕方、居間で僕が(珍しく)新聞を眺めていると、三面あたりの下の方に、ある美術展の広告が載っていた。それは『形而上学的』(この言葉の意味は今もよく分からない)と言われる絵画を描いていた画家の作品展が、僕の家から電車で一時間弱の街にある街の美術館で開催されていることを告知しているものだった。


 僕はその画家について、その画家が影響したという芸術運動の方から、いわば、遡る形で知っていた。画集などは見たことがなくて、小さなモノクロの図版でしか知らなかったから、実物を見られるのかと思うと、行ってみたいという気持ちがすぐに高まっていった。


 そして僕はこの展覧会のことを、夕食(休みの日は母が作る)の後、ちょうど両親がそろってその場にいるのを見計らって話してみた。その結果、僕は翌日の日曜日、往復の電車賃と展覧会の入場料にちょっとおまけした小遣いを渡されて、一人でその展覧会に行くことになった。


 どうしてそうなったのか、細かい部分は端折るとして、理由はいくつかある。一つは一人で行ってもいいというように、信頼されていたからだろう。そして同時に、父は全くその展覧会に興味を示さず、母は美容院に行くという用事があったからだった。だから、僕は美容院に向かう母の車で駅まで送ってもらい、自分で切符を買って電車に乗った。


 電車を待つ間、そして電車に乗っている間、僕は文庫本(図書室に入れてもらった、ある民族の国の興亡について書かれた本)を開いていたけれど、本の方には全く集中できなかった。


 期待でわくわくしていたのと同時に、むなしさと、何か釈然としない気持ちがあったからだと思う。今思えば、それは両親(少なくとも父)に対する失望から生じた気持ちだったようだ。


 僕がこの展覧会を見に行きたいと言ったとき、母は、本当に知っていたのかは疑わしいにしても、その画家の印象を語って、行ってみたらと答えたけれど、父は全く関心を示さなかった。内心憤慨しつつ、僕は、じゃあ一人で行ってくるよと言った。そしてそうなってしまった。


 一人で電車に乗って出かけることには別に不安はなかったけれど、何か僕の中で、簡単には飲み下せない感情が残っていた。


 僕は新聞の広告を見つけた時は大喜びだったけれど、そんな気持ちを理解したり共感したりする人は周りには全くいないに違いないかった。とっくに知っていたはずのそんな事実を前にして、何か僕の喜びに、けちがついたような感覚があった。それは、たとえばその画家の絵のような、周りに理解者のいないものについて、僕自身がはっきりとこう感じたとかこう思うとかを語ることができないという、自分の幼稚さに対するいらだちでもあっただろう。


 はっきり言って僕は、芸術的なセンスというものを、残念ながら全くと言っていいほどに持ち合わせていない。今も、昔も。


 その画家の絵にしても、結果を先取りして言ってしまえば、なんとなく好きだというくらいにわずかに感じたくらいで、特に図版の横に書いてある長い長い説明文のようなことを感じたり、『解釈』やら『解読』したりすることは全くできなかった。


 そういう未熟さと、周りに共感してくれる人がいるわけがないという思い込み(正しかったにしても、思い込みだったというのは間違いない)が、胸の中で気を悪くさせるよどみを作っていた。足を踏み入れる気をなくさせる泥沼といったところ。


 ただ実際、この日がそれだけで終わっていれば、背伸びをした結果の失敗談(決して期待を超えなかったという意味で)というくらいが関の山だったに違いないけれど、あえて僕がこの日について象徴的という言い方を使ったのは、全く予期しないおまけがついていたからだ。


 それは、鹿屋さんとの出会いだった。

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