(2)日常の裏側で-3
――僕たちのいた世界、僕たちの言葉では『イタケ』というんだ。イタケは、まあこっちの世界、僕たちの言葉では『イリオス』と呼んでいるんだけれど、イリオスとはずいぶん違うんだ。君みたいなイリオスの人から見れば、全くおかしいっていうか、不思議に思うことばかりだろうしね。
でもまあ、秩序があって、社会があるのは同じだよ。僕はそのイタケから、こっちの、イリオスに来たんだ。
――何のために? それに、どうして?
――じゃあ、『どうして』の方から。
イタケには神様がいる。いろんな神様がね。その中に、大地を揺るがす海の神様がいるんだ。その神様の息子に、君たちの言葉で言うなら鬼とか悪魔とか呼ばれるくらい、手がつけられないほどに乱暴なやつがいた。そいつは、名前を『ポリフェムス』というんだ。
どうして、何を思ったのか僕たちには見当もつかないけれど、とにかくイタケの地を荒らしまくった。もちろん僕たちはどうにかしようとしたさ。僕たちの、天空の神様に祈ったりね。でも何せ神様だから、そう都合良く僕たちの思うようにしてはくれなかった。
だから、僕たちは自分で戦わなければならなかったんだ。まあ見ての通り、僕にはそんな力はないから、別の方法でポリフェムスを鎮めることが役割だったんだ。一言で言えば、封印してしまうことでね。その過程でもいろいろとあったんだけどね、別の神様に封印するための鎖を作ってもらうこととか。まあその辺は省くことにするよ。
とにかく、戦ってどうにかするよりも、封印しようという話になったんだ。僕たちのその試みはうまくいって、ポリフェムスをあと一歩のところまで追い詰めた。ところが、ポリフェムスは僕たちの目を逃れて逃げ出してしまったんだ。そして『門』を開いて、イタケからイリオス、つまりこっちの世界にやってきたってわけ。
――じゃあ、君はそいつを追いかけて?
――そうなんだ。君も見たんじゃない?『門』が開くところを。
――いや、そんなの……
言いかけて、僕はあの、鹿屋さんと一緒に行った夏祭りの帰り道に見かけた光のことに思い当たった。ウーティスは、そんな事情をちゃんと分かっているという風に、一つ頷いて見せた。
――君も見ていたし、他にも見ていた人はいるんだ。まあ、それが何だったのかを知ってるのは、ほとんどいないけれどね。
ウーティスの言った『ほとんど』という言葉が引っかかった。ただ僕は、とりあえずは黙っていることにした。
――ポリフェムスはそうやってこの世界に来たんだ。そして今も、どこかにいるはずさ。このイリオスには、父神の力も届かないから、息を潜めているのかもしれない。
――弱っているってこと?
――そう、たぶん……確実なことは分からないけどね。でも、一つ確かなことがあるんだ。僕は逃げたポリフェムスを追いかけてきたわけだけど、僕が通った後に、『門』は閉じたんだ。そして、その『門』は、たくさんの破片になってこの世界に飛び散ってしまった。
いや、逆かな。もともと『門』を作るための結晶みたいなものを、僕たちの世界では『ロートス』と呼んでいたんだ。それが、『門』が閉じてしまったせいで、また破片になってばらまかれてしまったのさ、こっちの世界にね。
そのロートスは、『門』の材料でもあるし、ポリフェムスにとっては力の源でもある。だから僕は、ロートスを集めて、そしてポリフェムスを探しているんだ。もう一度『門』を開いて、ポリフェムスのやつを、イタケに連れ帰って封じるためにね。それが、『何のために』の中身さ。
――少しおかしくない? 君たちにとっては、その、ポリフェムスとかいうやつが自分たちの世界からせっかく逃げ出したのに、わざわざ連れ戻すの?
――確かに、こっちの世界、イリオスにずっといるんなら、どれだけ暴れても僕たちにとっては安泰ってわけだけど、そうも行かないんだよ。何しろ、門のかけらのロートスを集めてしまえば、またイタケに戻れるわけだからね。
そんな可能性を放っておくよりは、ポリフェムスを連れ戻して、完全に封印してしまおうと考えたってわけさ。その方が君たちにとっても都合がいいだろ?
――じゃあ、僕が戦った、あの怪物は?
――あれもロートスの力さ。こっちの世界にありもしなかったはずの力を取り込んでしまって、あんな形になってしまったんだろうと思うよ。
――そんなことが起こるの?
――起きるみたいだね。僕も最初はびっくりしたよ。ロートスの存在を感じて探しに行ったら、あんな化け物が出てきたんだから。大変だったよ、何しろ、僕は一人で、君みたいな人、ポリフェムスを倒すことのできるヒーローが、いなかったからね。
――まさか、僕が選ばれたっていうのも……
――そう、ロートスの力だ。
うん、とウーティスは一つ頷いた。僕に、あの瞬間の記憶を呼び起こさせようとするかのように。




